季節は少し戻って晩秋の頃。 |
アスタリスクとなつななの4人はライブを前に特訓の合宿を兼ねた温泉旅行に来ていた。 |
初日の夜。夕食も食べ終わり、夏樹は夕食後のお風呂から部屋へと戻っていた。 |
夏樹 | 「しっかしだりーとみくも夕飯でまで解散を言い出すとか…ま、あいつららしいけど」 |
2人部屋が2つだったこと、今になってみればそれが…。 |
夏樹 | 「おっと、こっちじゃなかった」 |
ドアノブに手を掛けた時に、夏樹は部屋が隣だったことを思い出した。 |
夏樹 | 「…ん?」 |
部屋の中から聞こえてきたみくと李衣菜の声に、夏樹はつい聞き耳を立ててしまった…。 |
みく | 『李衣菜チャン、どうしてあげた魚をみくに倍にして寄越すのにゃ』 |
李衣菜 | 『私はみくの栄養のことも考えてー』 |
みく | 『それだけじゃ…ないにゃ。李衣菜チャン、本心じゃない時の眼してる』 |
李衣菜 | 『だって…』 |
みく | 『みくは李衣菜チャンの口から…正直に言って欲しい…な』 |
李衣菜 | 『す、好きだから…照れ隠しにからかいたくなっちゃって…』 |
みく | 『みくはもう怒ってないから…ちゃんと言ってくれたから許すにゃ』 |
李衣菜 | 『み、みくっっ!』 |
ぼふんっ ギシッ… |
みく | 『いきなりはずるいにゃっ…李衣…んんっっ!』 |
突然の軋む音、止められた言葉、場の空気が様変わりしたのを夏樹は痛いほど感じてしまった。 |
夏樹 | 「嘘だろ…あいつらっ…ホントにそこまでの関係だったのかよ…」 |
自身の中に築いてきたもの、それが崩れ去ってしまったという想いのまま自分の部屋へと入っていった。 |
ガチャっ バタンッ |
夏樹 | 「ただいま、菜々」 |
菜々 | 「おかえりなさいなつきちさん。ここの温泉、かなり気持ちいいですよねー」 |
夏樹 | 「東京から割と近いのに、ちひろさんも良い所紹介してくれたな」 |
菜々 | 「そうですね〜。ナナも寝る前にもう一度入ろうと思ってます」 |
夏樹 | 「その間は今度はアタシがここで留守番かな…」 |
ぽふっ |
夏樹は菜々の隣のベッドへと腰掛けた。 |
菜々 | 「貴重品は鍵を掛ければ大丈夫ですから、次はまた一緒にどうでしょう?」 |
夏樹 | 「1日で入りすぎるのもちょっとな…ま、気分がノッてたら付き合ってもいいぜ」 |
菜々 | 「分かりました。さてと…そういえば隣の二人は大浴場の方で見ました?」 |
夏樹 | 「アタシが行ってる間は少なくとも行ってないんじゃないか?さっきも部屋にいたみたいだし」 |
菜々 | 「それなら二人も誘いましょう」 |
夏樹 | 「いや、いいんじゃないかな。二人もきっと都合ってのがあるだろ…きっとさ」 |
菜々 | 「…はい?なつきちさん、どうして都合が悪そうだって知ってるんです?」 |
夏樹 | 「それは…」 |
菜々 | 「もしかして…さっき何かあったんですか?」 |
夏樹 | 「……なあ、菜々はあの二人の関係どう思ってた?」 |
菜々 | 「喧嘩するほど仲が良いお二人さんですよね」 |
夏樹 | 「仲が……仲って……どういう距離にあるんだろうな、あいつらの場合」 |
菜々 | 「……なつきちさんの考えてること、菜々も人伝に聞いてましたよ…」 |
夏樹 | 「風の噂程度ならアタシも耳にしてたけど…な」 |
菜々 | 「それをさっき目の当たりにしたんですね」 |
夏樹 | 「……菜々には全部お見通しだったか。さっき隣のドアの前でさ…」 |
菜々 | 「なつきちさん、悲しい時は誰だって泣いてもいいんです」 |
夏樹 | 「べ、別に悲しいなんて……」 |
その時夏樹は感じた。頬を温い水が伝うのを… |
夏樹 | 「えっ…アタシ…どうして……そんな……」 |
すくっ ぽふんっ |
そんな夏樹を見越して菜々は夏樹の隣に座り直した。 |
菜々 | 「ナナのココ…いつでもいいですからね」 |
夏樹 | 「んっ…」 |
ぎゅっ…… |
夏樹の瞳は崩れた堤のように菜々の胸の中で幾筋もの流れを作り出していく…。 |
夏樹 | 「情けないよなアタシ…きっと心の中では噂の事、信じたくなかったんだ…クソッ…」 |
菜々 | 「なつきちさん、李衣菜ちゃんのこと…」 |
夏樹 | 「この業界に入ってから…アイツのこと一番の親友だと思ってたんだ…」 |
菜々 | 「………」 |
夏樹 | 「でももうアイツの…だりーの中のアタシは…」 |
菜々 | 「……大丈夫ですよ。今まで築き上げたもの、それは残っているはずです」 |
夏樹 | 「…菜々…アタシもそれは信じたい」 |
菜々 | 「親しい友達なんですから…それが何人いても親友なのは変わらないです」 |
夏樹 | 「そう……だけど」 |
菜々 | 「ただ…李衣菜ちゃんがそこまで許せたのが…みくちゃんだったんです、きっと」 |
夏樹 | 「それならアタシだって……良かったのによ…」 |
菜々 | 「これはナナの考えですけど…李衣菜ちゃんにとってなつきちさんは憧れだったんです」 |
夏樹 | 「憧れ……アタシがだりーにとっての憧れの存在……?」 |
菜々 | 「目標とする場所を侵さないように一歩引いていたんじゃないかなって」 |
夏樹 | 「…ったく……だりーのヤツ……」 |
夏樹は少し立ち直って、ようやく頭を菜々の胸の中から離した。 |
菜々 | 「ああっ!これはあくまでナナの考えですからね!なつきちさん!」 |
夏樹 | 「いや、きっとそれで合ってる気がするんだ。……フラれちまったカンジだなっ!」 |
菜々 | 「な、なつきちさん!?」 |
夏樹 | 「もう大丈夫だ…多分な」 |
菜々 | 「でももし辛い時はいつでも言って下さいね。ナナだったらいつでもお話を聞きますから」 |
夏樹 | 「菜々…ありがとな。こうやって話聞いてくれて楽になれた」 |
菜々 | 「そんな…ナナは悲しそうな顔だったなつきちさんを見てられなかっただけで…」 |
夏樹 | 「ホントに一人じゃなくて良かったぜ。こんな近くに…」 |
菜々 | 「へ!?あ、あのっ…」 |
夏樹は菜々の肩をグッと引き寄せ… |
夏樹 | 「アタシのこと親身に思ってくれる人が居てくれたんだな」 |
菜々 | 「うう…こうされるのって恥ずかしい…」 |
夏樹 | 「感謝するよ」 |
チュッ |
夏樹は色々な想いを篭めて菜々の頬へとキスをした。 |
菜々 | 「ひゃんっ!?」 |
夏樹 | 「ん、どうした?」 |
菜々 | 「今のは、その…」 |
夏樹 | 「そう…だな、アタシは菜々にどう受け取ってもらってもいい」 |
菜々 | 「なつきちさん…」 |
夏樹 | 「ただアタシは、菜々が隣にいて心地良いと感じてるんだ」 |
菜々 | 「あの……こんなナナでも……いいんでしょうか?」 |
夏樹 | 「嘘だったらこんなことはしてない。嘘に…したくもないさ」 |
菜々 | 「………」 |
チュ… |
菜々の答はその唇の行き先が言葉よりも強く物語っていた。 |
菜々 | 「なつきちさんには本当のナナのことを知られても…そんな気持ちです」 |
夏樹 | 「菜々…」 |
菜々 | 「なつきちさんの前では、嘘なんか吐けません…きっと」 |
夏樹 | 「それなら今からお互いを曝け出しに行くか?」 |
菜々 | 「…へ?」 |
夏樹 | 「寝る前にもう一度行くってさっき言ってただろ」 |
菜々 | 「ああ、温泉のことですか!でも…さっき戻ったばかりなのにいいんですか?」 |
夏樹 | 「もうこんな時間なんだぜ」 |
時間を見れば既に21時を示している。 |
夏樹 | 「早目に寝て明日からに備えるのも大切だろ」 |
菜々 | 「はい!ふわぁ…移動も少し長かったですし、今日はゆっくり寝て特訓を頑張りましょう」 |
夏樹 | 「そうだな!アタシ達はだりー達に比べたらダンスとかまだまだ課題も多いしさ」 |
菜々 | 「そうですね。それじゃあ大浴場へ向かいましょう」 |
夏樹 | 「隣は…誘わなくてもいいか。今のアイツらへの下手な干渉は避けとこう」 |
菜々 | 「貴重品とか大丈夫ですか?隣の部屋に預けないとなるとフロントかここの金庫に入れておかないとですから」 |
夏樹 | 「えっと…貴重品はこのポーチの中だな。これごとでいいや」 |
菜々 | 「それくらいならナナのと一緒に金庫でいいですね」 |
夏樹 | 「うん。あ、そうだ」 |
菜々 | 「どうしました?なつきちさん」 |
夏樹 | 「そのアタシの呼び方さ、何だか引っ掛かってたんだ」 |
菜々 | 「あの…ダメでしたか?」 |
夏樹 | 「できれば菜々には『夏樹』って呼ばれたい」 |
菜々 | 「それは…」 |
夏樹 | 「アイツと一緒なのはその…嫌なんだ。アタシの我がままで…ゴメン」 |
菜々 | 「…あの、夏樹さんと…」 |
夏樹 | 「………と?」 |
菜々 | 「夏樹さんと二人きりの時だけでいいですか?その…変わったこと感付かれたらって思ったら…」 |
夏樹 | 「ありがとな…それでもいいぜ菜々」 |
菜々 | 「夏樹さん…はい!」 |
夏樹 | 「よし、貴重品金庫に入れたし行くとするか」 |
菜々 | 「ああっ!待ってくださいよ。ナナはまだ全然行く準備してないんですからぁ」 |
夏樹 | 「そっか。菜々のペースで急がなくてもいいから」 |
菜々 | 「はい…えっと明日の朝も入るから今日のところは…」 |
夏樹 | 「明日の朝も入るのか?」 |
菜々 | 「基礎体力付けるのに涼しい朝に毎日軽くランニングでもって思ってまして」 |
夏樹 | 「それならアタシも付き合うぜ。隣の二人は…ま、好きにさせとくかな」 |
菜々 | 「ナナだけのことなのに夏樹さんに付き合ってもらうなんて…」 |
夏樹 | 「アタシが一緒じゃ嫌か?」 |
菜々 | 「いえ、そんなことは無いですよ」 |
夏樹 | 「それならそれでいいだろ?…な!」 |
菜々 | 「はい…」 |
二人は廊下で隣の部屋から聞こえた音に半ば呆れつつ、仲睦まじく大浴場へと歩みを進めていった… |
菜々 | 「うう…女性同士と言っても…少し恥ずかしいです」 |
夏樹 | 「風呂なんだから仕方ないだろって…菜々も往生際が悪いな」 |
脱衣所まで来た二人。夏樹は既にタオル一枚の恰好なのだが… |
夏樹 | 「確かにいつも菜々のを見てるのはせいぜい下着までだけどな」 |
菜々 | 「夏樹さんが潔さ過ぎるんですよぉもぉ…」 |
ススススス ツツツツツ バッ |
菜々も観念したのかようやく最後の上下一枚を脱ぎ去ってタオル一枚になった。 |
夏樹 | 「うっし、じゃあ行くか。鍵は掛けたか?」 |
ガチャっ |
菜々 | 「はい…!」 |
ガラガラガラガラ |
二人は大浴場へと入っていった。 |
夏樹 | 「でも菜々の身体つき、女のアタシからしても良く見えるぜ」 |
菜々 | 「あ、その、ありがとう…ございますぅ…」 |
夏樹 | 「内面以外は本当に17歳だって言われても誰だって信用するさ」 |
菜々 | 「も、もぉー!菜々は永遠の17歳なんです!」 |
夏樹 | 「さっき嘘は吐かないって言ってただろ菜々」 |
菜々 | 「これだけは…これだけはまだ!いずれ本当のことを言いますから!」 |
夏樹 | 「言ったな、約束だぞ」 |
菜々 | 「分かりましたよぉ…何だか夏樹さんのペースに巻き込まれてる…」 |
バシャッ バシャンッ ジャプッ ジャポンッ |
軽く掛け湯をして二人は浴槽へと入っていく。 |
菜々 | 「ふぅ〜、でも温泉は癒されますね〜」 |
夏樹 | 「夜とかは寒くなってきたからいい時期だよな」 |
菜々 | 「そうですよねぇ。ところでここのお湯は何に効くんでしょう?」 |
夏樹 | 「えっとどっかに書いてあったよな…ああ、入口のとこと外の露天か」 |
菜々 | 「それなら後で露天に行ったときに見ましょう」 |
夏樹 | 「ちひろさんのことだ。特訓の時の御用達みたいだしきっと疲労回復系だろうな」 |
菜々 | 「それならなおのことありがたいですねー」 |
夏樹 | 「しっかしアイツらは寝る前にココ来るんかな」 |
菜々 | 「でもあの様子からしたらまだしばらくは…」 |
夏樹 | 「ま、アイツらはアイツら、アタシらはアタシらだ。別に気にせずでいいか」 |
菜々 | 「そうですねぇ…」 |
そのお湯はまるで二人の愛までも少しずつ温めていくようだった… |
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その少し後のあの二人… |
カチャカチャッ ぱたんっ ガチャンッ |
みく | 「ん?ん、んにゃぁ…」 |
なつなながお風呂から隣の部屋へ戻ってきたそのドアの音に目を覚ましたみく。 |
みく | 「李衣菜チャン、李衣菜チャン」 |
ゆさゆさゆさゆさ |
寝ぼけ眼のまま隣にいる李衣菜の身体を揺らした。 |
李衣菜 | 「んー…またぁ…?みくの手つきやらしいよぉ…」 |
みく | 「に゛ゃっ!李衣菜チャン、起きるにゃ!」 |
ばふっ |
みくは李衣菜の顔に枕を投げつけた。 |
李衣菜 | 「へ?あれ?みくはどこ?」 |
みく | 「…ここにいるけど」 |
李衣菜 | 「もう、いきなりなんなのさー」 |
みく | 「李衣菜チャン、このまま寝る気なの?」 |
李衣菜 | 「え?あれ…私、あーーーっ!?!?」 |
ほとんど何も身に纏っていないのだからそう叫ぶのも無理はない。 |
みく | 「みくのことがっちりホールドしたまま寝ちゃうんだもん」 |
李衣菜 | 「ごめんごめん。やっぱり一回温泉入ったけどまだ疲れ残ってたみたい」 |
みく | 「だーかーらー、一度身体を流してちゃんと着て寝よっ」 |
李衣菜 | 「んー、そうだね。隣の二人はどうする?」 |
みく | 「隣の二人ならさっき戻ってきたみたいだよ」 |
李衣菜 | 「じゃあとりあえず私たちだけでいっか」 |
みく | 「早めに終わらせてみくたちもちゃんと休もうにゃ」 |
李衣菜 | 「明日からは練習やんないとだし、とりあえず汚れと疲れだけ取らないとね。んーっ!」 |
二人はようやくベッドから身体を起こしてめいめいに準備を始めたという… |
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翌朝… |
夏樹 | 「おいおい、まだ1kmちょいだろ?」 |
菜々 | 「だから言ったじゃないですかー…はー…ナナは体力付けなくちゃいけないからって」 |
夏樹 | 「本当に体力持つのって一時間くらいか?」 |
菜々 | 「はいぃ…全力だとそれくらいで…ぜー…」 |
夏樹 | 「今度のライブ、アタシらのパートは1時間くらいだろ?リハとかも入れたら持たないな」 |
菜々 | 「ナナもそれが心配で…夏樹さん達に迷惑かけたくないですし」 |
夏樹 | 「他ならぬ菜々のためだ。これくらいならこの特訓中毎日付き合ってやるからさ」 |
菜々 | 「…はい!」 |
夏樹 | 「よしっ!今日はあと1kmくらい走ったら折り返して、帰ったら一緒に風呂で汗流そうぜ」 |
菜々 | 「それくらいでちょうど朝食の時間になりそうですね」 |
夏樹 | 「大体それでいい時間くらいか」 |
菜々 | 「よい…しょっと、もう大丈夫ですよ夏樹さん。再開しましょう」 |
夏樹 | 「もういいんだな?じゃ、行こうぜ」 |
朝方の爽やかな空気の中、二人の息遣いが空へと溶けていく… |
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第二章へつづく |