Kiss on the Bite Mark(噛み痕に口付けを)

ここはとあるスタジオ…
雪歩「涼さん、痛くなかったですか?」
「大丈夫だよ雪歩さん。でもちょっと歯型が残っちゃったかな」
ん?歯型?
雪歩「ゴメンなさい、ちょっといいですか?ふー…ふー…」
雪歩はその歯型が付いてしまった首元を優しく吹いてあげた。
「く…くすぐったいよ、雪歩さん」
チュッ
そっと涼に付いてしまった紅い部分に口付ける雪歩。
雪歩「ちょっとは静まった…かな?」
「ゆ、雪歩さん…」
雪歩「でも相手が涼さんで良かったぁ。涼さんじゃなかったら私、恥ずかしくてこんな役無理ですぅ」
「僕だって…でも雪歩さんが血を吸おうとした場面、本当に怖かったなあ」
そう、雪歩は吸血鬼になった役を演じていたのである。
雪歩「…貴方の血は…美味しいのかしら…」
真顔になって、演じていた時のセリフを言った雪歩。
「うー…それだよ。でも雪歩さんに吸われるなら良いかなって、ちょっと思ったけどね」
雪歩「そ、そうなんだぁ…」
………
こんな風になったのは少し遡る…
雪歩「私に…ドラマですか?プロデューサー」
「ああ。876プロの秋月さんは知ってるだろ?律子の従弟の」
雪歩「はい、涼さんですね」
「そうそう。1時間の単発物で、彼との共演だけどさ」
雪歩「それで、どんな役ですか?」
「あ…それが言い辛いんだけどな…こんな役だ」
と、雪歩に書類を手渡すプロデューサー。
雪歩「え、ええっ!?ヴァ、ヴァンパイア役ですか?!」
「可愛い子が吸血鬼になるって、そういう役なんだ」
雪歩「それで涼さんは…」
「雪歩の恋人役だな。雪歩は何かの拍子に豹変してその恋人を襲ってしまう、そんな役どころだ」
雪歩「私に…できるかなあ…」
「血を吸われた秋月さんも、吸血鬼体質になってしまうというのがストーリーだ」
雪歩「つまりそれって…」
「最終的には二人とも互いのことを分かりあって幸せに終わるってところだな」
雪歩「良かったぁ…ハッピーエンドなんですね」
「あ、そうだった。このドラマに雪歩を推薦してきたのが、あの特撮の時のスタッフだぞ」
雪歩「え?あ、あの時のですか?」
「あの時の助監督が雪歩でやってみたいってさ」
雪歩「そ、それなら…やってみます。せっかくの申し出ですから」
「OK。向こうに返事は出しておくからさ」
………
そしてその本番の日…ここはスタジオの涼の楽屋。
「おはようございます、雪歩さん」
雪歩「涼さん、おはようございます」
「今日はよろしくね」
雪歩「こちらこそよろしくお願いします」
「でもまさか雪歩さんと共演できるなんて思わなかったなあ」
雪歩「私も。涼さんが男の子として再デビューしてからはこれが初めてだよね?」
「そういえばそっか…でも、今日のドラマって雪歩さんのファンにどう思われるのかな…」
雪歩「うぅ…私も涼さんのファンにどう思われちゃうかなぁ…」
恋人同士という設定上、そういうシーンもあるわけで…
「でも僕の場合、真さんにもどう言われるか…」
雪歩「え?わ、私と真ちゃんはそんな関係じゃ無いからね!」
「この話が決まった時に真さんにも話したんだ。そうしたら『雪歩のこと泣かすなよ』って言ってたから…」
雪歩「真ちゃん…で、でも大丈夫だよ…たぶん」
「ぼ、僕も…今日は全力で演技するよ」
雪歩「じゃ、じゃあ本番始まる前にちょっとセリフ合わせしよう」
「そうだね。雪歩さん、台本は?」
雪歩「持ってるけど、ほとんどもう憶えたからいらないです」
「じゃあ無しでやってみよっか、マネージャーが戻ってこないうちに」
雪歩「え?どうして…」
「だって恥ずかしくない?あのシーンを見られたらさ」
雪歩「うぅ…確かにそっかぁ…」
「じゃあ始めよ。二人だけの場面だけでいいかな?」
雪歩「そうだね、うん」
 
そのセリフ合わせ中…
「…花火、綺麗だな雪乃」
雪歩「そうだね…匡クン」
「まあ雪乃の綺麗さには敵わないかな」
雪歩「そんなこと…でも、ありがと」
「だけど誰にも邪魔されないこんな場所、よく知ってたな雪乃」
雪歩「4年前に見付けたの。それから毎年来てるんだ」
「そうなんだ…」
雪歩「うん…」
二人の間にしばらくの、しかし分かりあった無言が訪れた。
「な、なあ雪乃。いいか?」
雪歩「ど、どうしたの匡クン、そんなあらたまって」
涼はそう言う雪歩の顔をそっと向かせて…
チュッ
その唇にそっと口付けをした。
雪歩「きょ、匡クン!?」
「ゴメン、見てたらどうしても欲しくなったんだ」
雪歩「ううん、ちょっと驚いただけ…大丈夫だよ」
「雪乃、明日もまたここで見ような」
雪歩「うんっ!」
雪歩は涼の肩へと頭を預けた。
「………よしっと、この場面はOKだね雪歩さん」
雪歩「そうだね、涼さん」
まなみ「でも本番じゃないのに、キスまでする必要はあったかしら?涼」
「そうだなあ、雪歩もまるで真のことはいいみたいだな」
「それはもう…って、まなみさん居たんですか!?」
雪歩「ふええ!?プロデューサー、見てたんですか!?」
まなみ「ええ。このカットが始まったくらいからずっとね」
「俺たちが入ってきたことも気付かなかったくらい、二人とも入りこんでたな」
まなみ「こんにちは萩原さん、今日はうちの秋月のことよろしくね」
雪歩「は、はいぃ…うう…恥ずかしいですぅ…」
「うちの萩原を頼むよ、秋月さん」
「はい…頑張ります…」
「さて、折角だから他の場面も見せてもらおうかな」
まなみ「フフフ、そうですね」
雪歩と涼は赤面しながら、二人の前でセリフ合わせをしていたという。
本番?とても上手くいったようですよ。真と律子が事務所で何か言ってましたけど…
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あとがき
どもっ、飛神宮子です。
涼を男の子として書いてみました。そして相手は何となく雪歩にしてみました。
意外と綺麗な形にまとまったかなって思います。
作中の『あの特撮の時のスタッフ』ですが、この作品のことを指しています。
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2010・07・23FRI
飛神宮子
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