ある休日の寮の一室… |
裕美 | 「…よし、出来たっ…」 |
一人の少女が型紙とにらめっこしながら幾片の布と格闘をしていた。 |
泰葉 | 「裕美ちゃんお疲れさま。はい、紅茶で良かった?」 |
裕美 | 「あ、ありがとう泰葉さん。こういう感じだけどどうかな?」 |
泰葉 | 「ちょっと着せてみるから持ってくるね」 |
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裕美が作った人形用の衣装を着せてみる泰葉。 |
泰葉 | 「うん、大丈夫そうだよ」 |
裕美 | 「良かった…」 |
泰葉 | 「裕美ちゃんに頼んでみて正解だったな」 |
裕美 | 「そんな…これくらいなら私でなくても」 |
泰葉 | 「それは違うよ。私は裕美ちゃんだからこそ頼んだんだから」 |
裕美 | 「…ゴメンなさい、やっぱりつい言っちゃう…」 |
泰葉 | 「昔からなら仕方ないよ。それであと三着はこの子と…この子と…あれ?もう一人はどこだろう」 |
裕美 | 「泰葉さん、その下の方に転がっちゃった子かな?」 |
泰葉 | 「あ、それだね…ゴメンね、ほたるちゃん」 |
裕美 | 「えっ、ほたるちゃん?」 |
泰葉 | 「ほらこれ、ちょうど4人だったからつい…ね」 |
裕美 | 「なるほど…。さっき着せてたのは…何となくだけど千鶴さん?」 |
泰葉 | 「やっぱり分かる?」 |
裕美 | 「雰囲気でそうかなって…それであと二人が私と泰葉さんで私はこっちかな?」 |
泰葉 | 「そうだよ…自分で作ったの着せてみる?」 |
裕美 | 「いいの?大切そうなドールみたいだから…」 |
泰葉 | 「もちろん。そんな触っちゃダメなんて言わないよ」 |
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裕美 | 「全員ちょっとずつ変えてみたのが良かったかな」 |
泰葉 | 「その辺は任せっきりだったね」 |
裕美 | 「こうしてみるとみんな可愛いな…」 |
泰葉 | 「うん。裕美ちゃんの作ってくれた服でさらに増した感じがする」 |
裕美 | 「千鶴さん経由で心さんにもちょっとお願いしたから綺麗に出来たかなって」 |
泰葉 | 「そっか…」 |
裕美 | 「このドールってどれくらい前からのだったりするの?」 |
泰葉 | 「これ?これ自体はこっちで生活するようになってからかな」 |
裕美 | 「これってことはこれ以外も…?」 |
泰葉 | 「実家にもあるからね、これよりもっと大きいのもあるよ」 |
裕美 | 「そうだったんだ…」 |
泰葉 | 「昔はね…友達と遊べる時間も無かったから」 |
裕美 | 「泰葉さんってもっと小さい頃からこの世界にいたんだっけ…」 |
泰葉 | 「今だから振り返れるけど、その頃の自分は一種の人形…だったのかも」 |
裕美 | 「人形…そんな…」 |
泰葉 | 「指示に従って、それをこなすの繰り返しで…」 |
裕美 | 「泰葉さん…」 |
泰葉 | 「自分なんてものは無かったの…ううん、捨てちゃってたのかも…」 |
裕美 | 「も、もうそれ以上は…怖い…怖いっ…」 |
泰葉 | 「ゴメンね、こんなこと裕美ちゃんに話しちゃって。怖がらせちゃった」 |
裕美 | 「私が泰葉さんと組んだ頃はもうそんな雰囲気じゃなかったから、今聞いたら恐ろしくって…」 |
泰葉 | 「346プロに移ったころはまだ名残がちょっと残ってたんだけどね」 |
裕美 | 「でもこうしてここまで来れた泰葉さんって強いな」 |
泰葉 | 「ううん、強くなんかない。強かったら最初から自分を無くさなかった」 |
裕美 | 「それじゃあ…」 |
泰葉 | 「こうして色んな仲間と出会って、自分を分かることで強くなったのかもね」 |
裕美 | 「仲間…?」 |
泰葉 | 「ほたるちゃんも…千鶴ちゃんも…それに…」 |
ぎゅっ |
泰葉は隣に座っていた裕美の身体を抱きしめた。 |
裕美 | 「キャッ!泰葉さんっ!?」 |
泰葉 | 「もちろん裕美ちゃんもだからね」 |
裕美 | 「…はい…」 |
泰葉 | 「あの、去年の寮の更新のこと憶えてる?」 |
裕美 | 「それは私も関わったから忘れることなんて…」 |
泰葉 | 「私と一緒になったのはその時からだけど…」 |
裕美 | 「泰葉さんは『私と一緒にいる時間を長くしたい』って言ってた気が…」 |
泰葉 | 「その言葉も覚えていてくれてたんだ」 |
裕美 | 「何だかドキッてして…忘れられない言葉だったなって」 |
泰葉 | 「えっ…?」 |
裕美 | 「泰葉さんの言葉、普段と雰囲気が変わってたから…」 |
泰葉 | 「そ、そうだったかな…。裕美ちゃんがそう思うならそうなのかも」 |
裕美 | 「その時だけは、みんなと話している時ともちょっと違ってて」 |
泰葉 | 「裕美ちゃんには見透かされちゃってたんだね」 |
裕美 | 「み、見透かす…?」 |
泰葉 | 「…へっ?」 |
裕美 | 「…えっ?」 |
泰葉 | 「雰囲気が変わったのが分かってたのなら、裕美ちゃんは気付いてたのかなって」 |
裕美 | 「その…泰葉さん?!やっぱりそういうっ…!」 |
泰葉 | 「嫌ならいいよ。次の更新の時にまた手続き取るから」 |
裕美 | 「そ、そうじゃなくて…。でも、そんな私となんか…」 |
泰葉 | 「またそうやって裕美ちゃんは自分のことを卑下して…」 |
裕美 | 「だって…その時ぶつけてもらってたのに、きちんと言葉を返してなかった…」 |
泰葉 | 「それって…ん?」 |
裕美 | 「…泰葉さん、憶えてるかな?その後に私が言った言葉」 |
泰葉 | 「えっ…?確か……っ!『こんなにお祝いしてもらったのに、さらに貰ってもいいのかな』…だよね」 |
裕美 | 「………ちゃんと気付いてて…でもまだ自信が無くて、それがその時の精一杯の返事で…」 |
泰葉 | 「…私たち、長い回り道になってたね」 |
裕美 | 「…でもまた元の道に戻ってこれたなって」 |
チュ… |
二人の口唇はまるで当然かのように自然と引き寄せられていった… |
裕美 | 「…泰葉さん、これからもよろしくね」 |
泰葉 | 「…こちらこそこれからも一緒にね、裕美ちゃん」 |
裕美 | 「はい…えと…その…こくっ…紅茶、冷えちゃった…」 |
泰葉 | 「ごくっ…そうだね。ちょっと淹れなおしてこようかな」 |
裕美 | 「それなら私が淹れてくるよ。もう作業も終わって手も洗いたかったから」 |
泰葉 | 「それじゃあ私はこれを片付けてきてお菓子持ってくるね」 |
裕美 | 「紅茶はいつもの場所だよね」 |
泰葉 | 「うん。お砂糖とミルクも場所は分かる?」 |
裕美 | 「はい……」 |
……… |
自室へとドールハウスを持ち帰ってきた泰葉。 |
泰葉 | 「フフっ…今日から私たち…フフフっ」 |
その泰葉の目の中には、千鶴とほたるの名のドールから少し離れて寄り添う裕美と泰葉の名のドールの姿があった… |