ふと思い返してみると、わたしの周りの皆さんは好きな相手がいる人ばかりでした。 |
例えば珠美ちゃんはあやめちゃん、紗枝ちゃんは周子さん、茄子さんはほたるちゃん、芳乃ちゃんは朋さん…… |
そこまで深い仲の相手が、わたしにはできていないなって。 |
だけど今は…… |
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ある日の歌鈴の担当Pのアイドルルーム… |
歌鈴 | 「このルーム、どうしてこんなに…」 |
一人小声で呟いてしまう歌鈴。それもそのはずで周囲には… |
凛 | 「卯月、また髪ボサボサだよ」 |
卯月 | 「ええっ!り、凛ちゃん直してくれませんかっ?」 |
奈緒 | 「まーたポテトそんなに買ってきてー」 |
加蓮 | 「いいじゃんかー奈緒。ほら一本あげるから」 |
美羽 | 「加奈ちゃん、明日は何時だっけ?」 |
加奈 | 「えっとちょっと待ってね、今メモ見るから…あ、13時だからその前に…ね」 |
茜 | 「文香ちゃんっ、カレーの美味しい店ですかっ?」 |
文香 | 「はい…神保町にありますので…今度ご一緒できればなと…」 |
沙紀 | 「響子ちゃん、今日寄ってってもいいっすか?」 |
響子 | 「はい、お待ちしてますね沙紀さん」 |
それぞれに仲の深い子同士でお話をしていた。 |
歌鈴 | 「本当は…ううん、もう無理だって分かってますから…」 |
歌鈴が一番の仲になれるかなと思っていた、その人も… |
藍子 | 「未央ちゃん、またあのものづくりカフェに行きませんか?」 |
未央 | 「え?あのカフェかあ…あーちゃんまた何か作りたい物ができた?」 |
藍子 | 「はい…だから未央ちゃんとまたお揃い…作りたいなって」 |
未央 | 「りょーかいっ。いつにしよっか?」 |
藍子 | 「今度のお休みはどうかな?確か未央ちゃんもオフだって聞いたけど……」 |
こんな調子では入る隙も無かったようです。 |
歌鈴 | 「はあ……」 |
久美子 | 「あらどうしたの?歌鈴ちゃん」 |
そこにやってきたのは… |
歌鈴 | 「あ、久美子さん。いえ、ちょっと…」 |
久美子 | 「まあ分かるわよ。この状況でしょ?」 |
歌鈴 | 「はい、まあそうでつ…」 |
久美子 | 「確かにこういう風になっている子達が多すぎるのよね。特に私たちの担当Pのアイドルの子達は」 |
歌鈴 | 「わたしの周りの人たち、殆どみんなですし」 |
久美子 | 「でもそうやって落ち込んでいるだけじゃ何も始まらないわよ…ね」 |
歌鈴 | 「は、はいっ」 |
久美子 | 「それで今日はどうしたの?」 |
歌鈴 | 「今日はさっきインベルの打ち合わせが終わったので、これから寮に帰ろうって思っていたところです」 |
久美子 | 「あらそうなの。あ、そういえば下のカフェで今日は和スイーツが半額だそうよ」 |
歌鈴 | 「そうなんですか、じゃあ行ってみようかな」 |
久美子 | 「フフフ、甘い物の話をしたら笑顔になったわね」 |
歌鈴 | 「え?」 |
久美子 | 「さっきまでの歌鈴ちゃんの顔、凄く深刻そうだったもの」 |
歌鈴 | 「心配をお掛けしてたんですね」 |
久美子 | 「でもね、これだけは伝えておきたいの。あなたくらいの歳ならまだ素敵な出会いがあるわよ」 |
歌鈴 | 「…はい、ありがとうございましゅ…」 |
歌鈴は久美子へと感謝を述べてから下のカフェへと向かって行った。 |
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菜々 | 「いらっしゃいませ〜。あ、歌鈴ちゃんですね」 |
歌鈴 | 「あ、菜々さん」 |
菜々 | 「今、あいにくテーブルは全部埋まってまして…」 |
見回せばアイドルだけでなく、他部門のタレントや社員も大勢訪れていた。 |
歌鈴 | 「みんなスイーツ好きでつ…好きですからしょうがないです」 |
菜々 | 「あの…相席なら一席だけあるんですがどうでしょうか」 |
歌鈴 | 「誰とですか?他部門の方だとさすがに…」 |
菜々 | 「愛梨ちゃんです。さっき菜帆ちゃん達が用事で先抜けしちゃって空いてまして」 |
歌鈴 | 「愛梨さんなら良いですよ」 |
菜々 | 「それならご案内しますね、1名様相席でご案内します〜」 |
……… |
菜々 | 「愛梨ちゃん、今満席でして相席よろしいでしょうか?」 |
愛梨 | 「へ?相席ですか〜?」 |
歌鈴 | 「あ、あの…」 |
愛梨 | 「あ、歌鈴ちゃんですか〜」 |
菜々 | 「愛梨ちゃん、どうでしょうか?」 |
愛梨 | 「はい〜、歌鈴ちゃんなら大歓迎ですよ〜」 |
菜々 | 「それならこちらでメニューを…」 |
愛梨 | 「メニューならまだ私が持ってます〜」 |
菜々 | 「あ、片付けてませんでしたか」 |
愛梨 | 「まだ注文するかもって、それで回収してもらわなかったんです」 |
菜々 | 「それならそのメニューをご覧になってお待ちください。今お冷やをお持ちしますね」 |
歌鈴 | 「ありがとうございます…何にしようかなぁ…」 |
愛梨 | 「歌鈴ちゃん、これおススメですよ〜」 |
歌鈴 | 「そうなんですか?」 |
愛梨 | 「さっき里美ちゃんにお裾分けをもらって〜、酸味と甘味が絶妙だったんです」 |
歌鈴 | 「じゃあそれにしよっかなぁ」 |
菜々 | 「はい、お冷やお持ちしました。ご注文はお決まりでしょうか?」 |
歌鈴 | 「この抹茶と甘夏のぜんざいと、和柑シトラスティーをアイスで」 |
愛梨 | 「あ、あとアイス小豆最中も追加でお願いします〜」 |
菜々 | 「愛梨ちゃん…ナナは構いませんけれど大丈夫ですか?」 |
よく見ればパフェ容器に皿やらグラスやら、もうどれだけ食べていたのだろうか。 |
愛梨 | 「いいんですっ、今日はもうっ」 |
菜々 | 「分かりました。では今お持ちしますね」 |
歌鈴 | 「ど、どど、どうしたんですか?愛梨さん」 |
愛梨 | 「どうしたもこうしたも無いんですっ。藍子ちゃんのせいなんですっ」 |
歌鈴 | 「ええっ!?」 |
愛梨 | 「今度一緒に行くって言ってたのに、今日になって未央ちゃんと予定が出来るかもって言われて…」 |
歌鈴 | 「愛梨さん…」 |
愛梨 | 「だからもういいんですっ!藍子ちゃんなんか…藍子ちゃんなんかぁ…」 |
歌鈴はこの惨状は愛梨が自棄食いに走ったからだと悟った。 |
歌鈴 | 「愛梨さんっ!」 |
愛梨 | 「か、歌鈴ちゃんっ!?」 |
歌鈴 | 「あの…その…ここだとちょっと他の人もいますし、場所を変えませんか?」 |
愛梨 | 「あっ…そ、その方がいいみたいですね〜」 |
よく見れば周りから注目の的になっていたようだ。そこに… |
菜々 | 「そう言うと思ってお持ち帰り用にしておきました」 |
歌鈴 | 「あ、お気遣いありがとうございます菜々さん」 |
愛梨 | 「ありがとうございます〜。それじゃあお支払いしたら…歌鈴ちゃんも寮でいいですよね〜?」 |
歌鈴 | 「はい、ここに寄らなければもう帰るつもりでしたから」 |
愛梨 | 「それじゃあ行きましょう。菜々ちゃん、お騒がせしましたぁ〜……」 |
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ここは寮の愛梨の部屋… |
歌鈴 | 「おじゃまします」 |
愛梨 | 「どうぞ〜。ふう、エアコンエアコン〜」 |
Pi♪ |
歌鈴 | 「愛梨さんも303だったんでつ…ですね」 |
愛梨 | 「歌鈴ちゃんも違う館の303でしたか〜?」 |
歌鈴 | 「はい。でもわたしの部屋とは全然違います」 |
愛梨 | 「あ、そこのテーブルの所で座っててください。今、服脱いで着替えてきますね〜」 |
歌鈴 | 「分かりました。持ち帰ったの、出しておきましゅ」 |
愛梨 | 「お願いします〜」 |
……… |
愛梨 | 「もう酷いですよね。予定を急にダメにされちゃって」 |
歌鈴 | 「でもアイドルルームで見ていると、あの間に取り入るのは難しいと思います…」 |
愛梨 | 「歌鈴ちゃん、藍子ちゃん達と一緒でしたね〜」 |
歌鈴 | 「はい。見ているだけで深い仲なのが、藍子ちゃんと未央ちゃんを含めてあちらこちらから伝わってくるんです」 |
愛梨 | 「はぁ…何だか私たち、似たような境遇なんですね〜」 |
歌鈴 | 「そうですね。お互いに藍子ちゃんの一番になれなくて…」 |
愛梨 | 「歌鈴…ちゃん?」 |
歌鈴 | 「あれっ…どうしてわたし…」 |
その歌鈴の頬には温い水が伝わるのが感じられた。 |
歌鈴 | 「わたしだって、愛梨さんと同じなんでつ…。振り向かせることができなかったんです…」 |
愛梨 | 「辛い…ですよね。私も同じ気持ち…ですから」 |
歌鈴 | 「はい…」 |
愛梨 | 「歌鈴ちゃん、こっち来てもらえませんか?」 |
愛梨は歌鈴を自らの隣へと呼び寄せて… |
愛梨 | 「ここ、使ってください」 |
ぎゅっ |
愛梨は歌鈴の頭を自らの胸へと抱き寄せた。 |
愛梨 | 「今日は一緒に泣きましょう…ね」 |
歌鈴 | 「ありがとう…ございます…」 |
キャミソール一枚越しの胸、愛梨の薫りが熱が歌鈴へも直に伝わってきた。 |
ぎゅうっ |
歌鈴も愛梨の身体へと手を回した。 |
愛梨 | 「でも…良かったです」 |
歌鈴 | 「えっ?」 |
愛梨 | 「今日だって、私一人だったらあのままどうなってたか分かりませんし〜…」 |
歌鈴 | 「あれって、どれくらい食べていたんでつか?」 |
愛梨 | 「たぶんプロデューサーさんに明日怒られちゃうくらいのカロリー…かなって」 |
歌鈴 | 「凄い量を食べていたんですね…」 |
愛梨 | 「………歌鈴ちゃん…」 |
歌鈴 | 「な、何ですか?愛梨さん」 |
愛梨 | 「歌鈴ちゃんはこれから…これからどうするんですか?」 |
歌鈴 | 「これからって…分からないです。心の隙間はまだ埋まらないと思いますから」 |
愛梨 | 「その隙間…私じゃダメかなって…」 |
歌鈴 | 「えっ…!?」 |
愛梨 | 「その…私のわがままになっちゃうかもしれないです…。でも、歌鈴ちゃんの心を癒したいなって…」 |
歌鈴 | 「ズルいです…愛梨さん」 |
愛梨 | 「えっ…!?」 |
歌鈴 | 「自分だけで完結させないでくださいっ…。わたしだけが良くなったって愛梨さんはどうなるんですかっ…」 |
愛梨 | 「歌鈴ちゃんっ…!?」 |
歌鈴 | 「それならっ…それならわたしだってっ…愛梨さんの心を治したいんでつっ……!」 |
歌鈴は抱き着いたまま、愛梨の腕の隙間から入り込んで顔を愛梨へと近付け… |
歌鈴 | 「一人でじゃなくて二人で一緒は…」 |
チュッ |
その唇は愛梨のそれへと当てられた。 |
歌鈴 | 「ダメですか?」 |
愛梨 | 「ううん…二人の方が…」 |
チュッ |
それに呼応するかのように愛梨も唇を歌鈴のそれへ返した。 |
愛梨 | 「きっと…」 |
ぎゅっ |
愛梨ももう一度歌鈴の背中に腕を回して抱きしめ直した… |
……… |
それからしばらく後… |
愛梨 | 「歌鈴ちゃん、今度の土曜日に時間はありませんか〜?」 |
歌鈴 | 「今度の土曜日ですか?今のところは大丈夫ですよ」 |
愛梨 | 「一緒にお出かけしたいな…って」 |
歌鈴 | 「もしかしてその…」 |
愛梨 | 「はい…ダメですか〜?」 |
歌鈴 | 「もちろん…」 |
チュッ |
頬にそっとキスをして… |
歌鈴 | 「わたしで良かったら…一緒に行きましょう。エヘヘ」 |
愛梨 | 「はい…フフっ」 |
もう一人じゃない…二人はそんな幸せを、その感触で感じ続けていく… |