His Feeling For Someone(一つの想い)

それは晩秋の頃…
「ふう…ここか…」
祐一はとある旅館に訪れていた。秋子さん達に無理を言って、一人旅をしに来たのである。
ガーーっ
「いらっしゃいませー」
自動ドアが開いた先には、綺麗に掃除が行き届いた広いホールが待っていた。
………
「ご予約の相沢様ですね、お待ちしてました。お部屋は雪椿の間でございます」
「はい」
「それでは、係の者がご案内いたします」
 
「ようこそ鶴来屋へ、ご案内いたします」
と、その案内人は意外にも男の人であった。
「あ、はい」
「お荷物の方、お持ちします」
「え…あ、じゃあこれを」
と、祐一は大きめのバッグ一つを渡した。
「それでは、ご案内いたします」
………
「でも、珍しいですね」
「珍しい…ですか?」
「俺、初めてですよ。こういう旅館で、男の人に案内をされるのって」
「そうかと思いますね、俺…いや私自身そう思ってますから」
「でも、どうしてここで働いてるんです?」
「それは…この旅館の社長が、いとこですから」
「いとこ…?」
「はい。いとこの4姉妹の一番上が、ここの社長なんですよ」
「いとこ…か」
「どうか…されましたか?」
「いや、俺も今はいとこと一緒に住んでるんですよ。叔母さんと知り合い2人とも一緒ですけど」
「そうなんですか、あっと…こちらがお部屋です」
………
「………何かございましたら、そちらのお電話でフロントへお願いいたします」
「はい、分かりました」
「では、ごゆっくりお寛ぎ下さい」
「あ、ちょっと」
「はい、何でしょう?」
「さっきの話の続き、またしません?」
「え…?」
「何だか俺たち気が合いそうですし」
「そうですね、まあ…今は仕事中でダメですけど、夜中ならいいですよ」
「じゃあ今日の夜にでも。…っとそういえば、お名前は?」
「あ、俺のですか?」
「はい」
「俺は、柏木耕一」
「俺は…相沢祐一です」
「祐一君か…よろしくな」
「こちらこそ、耕一さん」
ぎゅっ
二人は堅く握手を交わした。
………
「あれぇ、祐一は?お母さん」
「せっかくゆーいちに、いたずらしようと思ってたのに」
「祐一さんはちょっと、朝から出掛けてくるって。もう出てるわよ」
「うぐぅ…せっかく祐一クンに、ご飯作ってあげるつもりだったのに〜」
「たまには祐一さんに、ゆっくりさせてあげましょうね。その代わりに今日は祐一さんもいないですから、夕食はいつもよりちょっと豪華にしますからね」
「じゃあアタシ肉まんねっ!」
「うにゅー、イチゴサンデーっ!」
「ボクはタイヤキがいいなっ!」
「そうね、今日はみんなでたくさん作りましょうね」
片手を頬に宛てて微笑みながら秋子さんはそう答えた。
 
その夜…
「失礼します」
「あ、耕一さん…どうも」
「ここでもいいけど、どうする?」
「え?どうするって…」
「ここででもいいけど、湯に浸かりながらはどうだい?」
「いいんですか?この時間帯って確か…」
「いいんだよ、今日は特別。早めにやってもらってるから、もう終わった頃だからさ」
「それなら、お言葉に甘えさせてもらいます」
「それじゃあ行こうか、祐一君」
「そうですね、耕一さん」
二人は浴場へと向かった。
 
ガラガラガラ
そして浴室へと入る二人。
「貸し切り状態じゃないですか、耕一さん」
「それはそうさ、本来ならまだ清掃時間帯だからな」
取り留めの無い話、男一人ならではの話に二人は花を咲かせていた。
そして…
「俺、今のままで良いのかって思う時があるんです」
「それはどういうことかな?祐一君」
「あの街に来てから、秋子さんを除いて8人の女性と知り合いました」
「うん、それは聞いたな」
「みんな凄い好きなんです、そしてみんなから『好き』って告白されたんです」
「なるほどな」
「今は何とか均衡を保ってるんですけど…」
「つまり誰かと付き合うことになって、関係が崩れてしまうかもしれないのが怖いってことか…」
「はい…。耕一さんはこういう時どうします?」
「難しい問題だな、俺もそういう立場に置かれた事があると言うか、今もそうだしな」
「耕一さんもですか?」
「ああ。千鶴に梓、楓に初音。俺に4人の従姉妹が居るって言っただろ?」
「あ、はい」
「今も俺はその渦中に居るけどな、誰か一人に決めるって本当に難しいよ」
「………」
「だけどな…一つだけ、これだけは言っておくよ」
と、露天風呂から耕一が見上げた先…そこには綺麗な満月が輝いていた。
「祐一君は何で決めようと思っている?」
「えっ…」
「だから、恋人となる人を決める一番の決め手は何なのだい?」
「えっと…何だろう?」
「そこで悩んでいるようなら、まだ答を出すには早すぎるってことさ。俺も、まだ答えは出てないからな」
「耕一さんもですか?」
「そうさ。まあ長く付き合っていれば自ずと答えは出てくるものだよ、でも…」
「でも?」
「人っていうのは、自分に足りない『物』を求める生き物なのさ」
「足りない…『物』か」
「それは心だったり、雰囲気だったりさ。ま、今も悩んでる俺が享受できるのはここまでかな」
「いえ、充分ですよ。これだけでも何だか気持ちが晴れました」
「そっか、じゃあそろそろ上がろうか。身体を流してやるよ、祐一君」
「そうですね。それじゃあ俺は、耕一さんの身体を流しますよ」
二人を照らす月、満月は宵の温泉宿を静かに照らし続けていた…
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あとがき
やば…1年以上ぶりとは…琴瑞です。
久々のXOVERSS、ここまで伸びているのは自分でもびっくりです。
今回のテーマは男性キャラで、そしてタイトルでも分かるとおり「一」です。
一応、耕一の方が年上なのでこのような形になりました。
終盤は久々にいい出来かも…でもこれだけの期間書かなかったのは自分の不徳の致す所です。
申し訳ありませんでした…。
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2005・09・03SAT
琴瑞
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