短編連作〜熟語編2−6〜
児童公園

ある春の日のこと…
「もう大丈夫かい?奏歌」
「大丈夫や…心配かけてすまんな、雅兄やん」
「いや、いいんだよ。だって私は奏歌のご主人さまじゃないか」
奏歌は私の脚を枕にして、児童公園のベンチに横になっている。
「たまにウチの中の2つの人格が不安定になって、それで身体の調子がおかしなるんや…」
「ま、それはしょうがないよ。そういう身体の構造になってしまってる以上はさ」
「何やウチ、雅兄やんに迷惑かけとるんかな」
「ううん、迷惑じゃないさ。こんなので迷惑がっているんじゃ本当のご主人さまじゃないよ」
「そういや雅兄やん、ウチのもう一つの人格見たことあるか?」
「そういえばそんな見たことはなかったかな、どんなだったっけ?」
「ウチが標準語で暗くなるときあるやろ、あれや」
「あれか…思い出したよ、最近見てないけどさ」
「まあウチも最近は安定しとるからな、最近は表の人格のままになっとるんやけど…」
「今でもたまに出てきちゃうのかい?」
「せや、ウチもそれは止められへんからな」
「でもその人格だろうと奏歌なんだしさ、気にする事は無いよ」
「うん。ありがとな雅兄やん、もう大丈夫や」
「いいのかい?うん、じゃあまた遊ぼうか」
春の風に心だけでなく身体まで踊り行く私と奏歌だった…

懐中時計

ある夏の日のこと…
「ご主人さまぁ」
「何だい?杏珠」
「この前、掃除してたらこんなのを見つけたんだけど、何かなって」
「あ、どこにあった?探してたんだよ、これ」
「ご主人さまの押入れの本棚の奥から、本棚の整理をしてたら出てきたんだよ」
「そっか、そんなところにあったんだ、この時計」
「これって大事なものだったの?」
「うん、私が工学系に行く切欠を作ってくれた人が持ってたものだからさ」
「そうなんだぁ。あ、この懐中時計ってもしかして…」
「うん、実家のじいちゃんのだよ。私の大切な宝物さ」
「だからさ、ありがと…杏珠」
「どういたしまして、ご主人さま」
「よし、これも見つかったことだし買い物にでも行こうか?杏珠」
「え?何か買うものがあるの?」
「ちょっと色々とさ、小物ばっかりだけどね」
「うん、行こっ!」
「じゃあ行く準備をしてね、杏珠」
「うんっ!すぐに用意するね」
夏の熱き太陽に照らされながら、私と杏珠を乗せた車は走り出した…

軽自動車

ある秋の日のこと…
「今日は手数をお掛けして申し訳ありません、ご主人さま」
「ま、いいさ。偶然とはいえ居たんだしさ」
私はある店で偶然出会った愛緒美を乗せて、一緒に帰路についていた。
「でもご主人さま、何か買うものがあったのではないですか?」
「いや、いいんだ。まだ後でも買える物だしね」
「それならば良いのですが…」
「まあさ、今回買うものだけはちょっと言えないからさ」
「もしかして…えっと…」
みるみる顔が紅潮していく愛緒美。
「えっと、多分愛緒美が想像している通りだと…思う、うん」
「ご主人さまもそれは男性ですから…はい」
「ゴメンっ愛緒美、何か変な想像させちゃって」
「ご主人さま、この話はもうやめましょ」
「それもそうだね、運転中にこんな話もなんだしね」
「そう言えばご主人さま、えっと…やっぱり何でもないです」
「え?ちょっと気になるじゃないか、愛緒美」
「いえ、何でも…後で話します、運転中に話す話題でもないですから」
「ま、いいや。あとでじゃあ聞かせてもらうよ」
秋の夕陽に照らされながら私の軽自動車は自宅近くの道を入っていく…

携帯電話

ある冬の日のこと…
ガチャンッ
「ご主人さま…電話だよ…」
紅玲菜が私の部屋へとパジャマ姿のまま入ってきた。
「え?おはよう紅玲菜。あ、これは携帯電話のアラームだな」
「そうなんだ…でも起きる時間だから…」
「うん、そうだね。今日も学校かぁ…って今日は休みだったっけ」
「え…本当?」
「うん、そういえば今日はセンター試験で休みだったの忘れてたよ」
「そうなんだ、でもこんな早く起きてどうするの…?」
「どうしようかな、目が覚めちゃったしなぁ」
「ご主人さま…」
「ん?何だい?」
「ちょっとだけ…こっそり出かけよ…」
「えっと…そうだね、ついでに朝ご飯でも買いに行こうか」
「え…うん、分かった…」
「じゃあ出かける準備してきてね」
「うん…」
「じゃあ私も準備しなくちゃな」
冬の小雪をちらつく中、私と紅玲菜は静かに街へと車を走らせ始めた…
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
あとがき
短編連作の第6シーズン、ファイナルです。
結構かかりましたねぇ…今期は。
結構長いものを書くのに久方振りに燃えてきましてね、段々と。
次は全体通算200本目。良い物を作りたいと思います。(XOverなのは決定済み)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
2005・12・21WED
短編小説に戻る