Temperature Symphony(熱の交響曲)
春が分かれゆくその日、ご主人さまの様子がどことなく変だった。
「あ…らん…おはよう…」
「ご…ご主人さまっ、顔が紅いです!大丈夫ですかっ!?」
「あ…やっぱり…そう…」
ばたっ
「だ・大丈夫ですかっ!?ご主人さまっ!?」
その言葉はご主人さまの耳には届かなかったようだ…。
………
「37度9分ですね…」
らんはあの後ご主人さまを蒲団に寝かせ、ご主人さまの体温を測っていた。
「あ…やっぱりそんなにあったんだ…」
「ご主人さま、昨日は寒かったのに雨にうたれて帰ってくるなんて…」
昨日は急な寒の戻りがあって、気温がぐっと下がっていたのだ。その時期の雨、これに打たれて風邪をひかないわけがない。
「あ、うん…」
「電話をしていただけたのなら、迎えにあがりましたのに…」
「走り始めた時は…ケホッ…大丈夫かなと思ってたんだけどな…」
「ご主人さま、今お粥を作りますから、それまでゆっくり寝ていて下さい」
「うん…分かった」
らんは台所でお粥を作り始めた。
ゆさゆさ
「ご主人さま起きて下さい、お粥が出来ました」
「ん…ありがとう…らん。…でもごめん…せっかくのらんの誕生日なのに…」
「ご主人さまいいんです、らんは…こうしてご主人さまの隣にいられるだけで…充分です…」
「うん…この埋め合わせはいつかするからね。それじゃあ…いただきます」
「あ…ご主人さま」
「ん、何だい?らん」
「らんが…らんが、食べさせてあげます」
らんは少し顔を紅らめてそう言った。
「え…あ…い…いいの…?」
ご主人さまは少したじろいだ。
「はい…ご主人さまのためですから…」
フーフーフー
「どうぞお食べ下さい、ご主人さま」
「あ、うん」
ぱくっ
「お味はいかがですか?」
「うん…塩加減も温かさもちょうどよくて美味しいよ」
「そう言っていただけて嬉しいです。ご主人さまの事を想って作ったかいがありました」
「え…僕の事…?」
少しだけ顔を紅くするご主人さま。
「はい…」
しばらく気恥ずかしいのか、言葉を失う二人。
「…もう少し…貰えるかな?」
「はい…」
そうして二人の朝ご飯は続いていった。
「ご主人さま、お薬です」
「ありがとう、らん」
「あっ…ちょっと待って下さい、ご主人さま」
「ん…何だい?」
「去年のお返し…してもいいですか?」
「えっ…去年のって…」
はむっ
「ほうお、ごひゅいんはあ(どうぞ、ご主人さま)」
「あ…それって僕が去年やった…」
らんは薬を、唇で甘噛みしたのだ。
「それじゃあ…」
チュッ
ご主人さまはらんの唇ごと薬を受け取った。
「らん、ごちそうさまでした」
「おそまつさまでした、ご主人さま。それでは、ゆっくりお眠りください」
「うん、そうさせてもらうよ」
ご主人さまは再び眠りについた。
夕刻…らんの手厚い看病で、すっかり元気を取り戻したご主人さま…。
「んっ…んーっ、あ…もうこんな時間になってたんだ…」
窓の外からは紅々とした太陽の光が、電気を燈していない部屋の二人のことを優しく包み込んでいた。
「あれ…らん?らん…」
クー スー
そのらんはといえば看病疲れからか、ご主人さまの蒲団の上に頭を預けて小さく寝息をたてていた。
つんつん
そっとらんの頬を突いてみるご主人さま、それでもらんは起きる気配は無い。そこでご主人さまは…
チュッ
そっと頬に唇を付けた。すると…
「ん………あ…失礼しました、ご主人さま。ご主人さまの蒲団の上で寝てしまうなんて…」
「いやいいよ、そんなことは気にしなくてさ。それに…」
「それに…なんでしょう?」
「らんの可愛い寝顔が見れたしさ」
「え…あ…そんな…恥ずかしいです…」
らんは顔を紅くして、俯いてしまった。よっぽど紅くした顔をご主人さまに見られたくないのであろう。
「そんなに恥ずかしがる事無いじゃない、事実を言ったまでだしさ」
「…ご主人さま…何だか…すごく嬉しいです…」
ぎゅっ
二人はどちらからともなく抱き合った。それはまるで磁石のN極とS極がいつまでも…いつまでも離れないように…。
そして夕飯兼らんの誕生日パーティも終わり、その日の蒲団の中…
「らん、まだ起きてる?」
「はい、何でしょう?ご主人さま」
「今日はごめんね。僕が風邪をひいたばっかりに、せっかくのらんの誕生日を潰しちゃってさ」
「いいんです…らんは…らんはご主人さまのそばに居られるだけで…それだけで幸せです」
「あ…そうだ」
「何です?ご主人さま」
「はいこれ、らんへの誕生日プレゼントだよ」
「え…らんに…ですか…?」
「もちろんだよ、だって他に今日貰う人なんている?」
「フフフ…それもそうですね…開けてみていいですか?」
「うん」
パカッ
「これは…これをらんがもらってもいいのですか?」
それは桃色の珠が付いたイヤリングであった。
「もちろんさ、だってそれはらんのためのものだから」
「ありがとう…ございます…大切にします」
「うん、じゃあもう遅いし、寝ようか」
「あ、ご主人さま…ちょっといいですか?」
「ん、何だい?」
ススススス
らんはご主人さまの蒲団の方に入っていった。
「え!?」
「ご主人さま…らんが…温めてあげます」
「えっ…いいのに…」
「いえ…今はこうさせて下さい…」
「うん…」
二人はそのまま暮れゆく夜を終えていった…
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あとがき
2003年度最終BSS完成いたしました。
約半年で全員分終わっちゃいました…いいのか…悪いのか…。
今回は前年度のものとは逆パターンでご主人さまに風邪をひいてもらいました。
さてさて、これで今年度分のは終わりです、平均は118.5日前…このSSはちなみに197日前です。
ま、来年度分は多分1年越えすると思いますがね…。ではでは。
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2003・09・06SAT
雅