A Room Echos with Shishiodoshi(鹿威しの響く部屋)

ご主人さまの仕事先からの帰り道、夕飯の買出しに出ていたゆきと途中で合流することとなり…
「ごめんねゆきさん、ちょっと遅くなっちゃって」
「あ、ご主人さまお疲れさまです」
「どれくらい待ったのかな?」
「そうですね…五分くらいでしょうか、そんなに待たなかったですわよ」
「うーん、それくらいなら良かったよ。それであとは何を買うの?」
「あとは…今日は鍋ですのでお野菜が少しです」
「よし、行こう。あ、荷物持ってあげるよ」
「え、いいですのに…ご主人さまにお手を掛けるわけには…」
「いや、いいんだよ。ほら遠慮しないでさ」
「そ・そうですわね…それではお願いします」
と、荷物を渡すゆき。
「それからさ、ほら」
荷物を反対側の手に持ち、さらに手を差し出すご主人さま。
「え!?」
「ん?いらないならいいんだけど」
「そ、そんなご主人さま…いいのでしょうか?」
「よくなかったら出さないよ、まあ少し恥ずかしいけどさ」
「えっと…それではよろしければ…」
ぎゅうっ
ご主人さまが差し出した手を握り締めるゆき、そのまま八百屋へと向かって行った。
………
「ありがとうなー、ほいおつりっ」
「いつもおまけして頂いて、本当にありがとうございます」
「いいんだよー、いつも買ってもらってるからね」
「それでは、喜んで頂きますわね」
「良かったね、ゆきさん」
「はい、これなら多めに作れそうです」
「お、そっちの兄ちゃんはお前さんの恋人かなんかかい?」
「そ、そんなこと…そういうことでも構いませんが…」
「ま、お幸せにやー」
すっかり二人は顔を紅くして家路へと就いた…
 
その家への帰り道…
「今年の冬は暖かい日が続きますわね、ご主人さま」
「そうだね、ゆきさん。僕はもうちょっと寒い方が好きだけどさ」
「ご主人さまもそうなのですか?私もですわ」
「だって冬らしくないからさ、今年はちょっと嫌だな…」
「雪も今年は全然降りませんし…どういうことなんでしょうね?」
「んー、知識が無い僕には分からないけどさ、雨も全然降らないのはちょっと心配だよ」
「そうですね、寒くないのはるるちゃんには良いのかもしれないのですが…」
「ま、とりあえず早く帰ろう。もうこんな時間だしさ」
「それもそうですね、早く帰らないと心配されますね」
ぎゅっ
二人は再び手を握りあって足早に歩いていった…
 
「ゆきさん、美味しかったよごちそうさま」
「おそまつさまでした、ご主人さま」
「何か今日の鍋、柑橘系の香りがしたんだけど何か入れた?」
「ご主人さまお気づきでしたか…ええ、香り付けに柚子を少し入れました」
「そうなんだ、良い香りがしてたから気になってさ」
「でもほんの少しでしたのに、よく気づかれましたね」
「うん、鼻にはちょっと自信がねって、ななほどじゃないけどさ」
「なるほど、そうなのですか」
「あ、そうだお風呂ってもう沸いてるのかな?」
「たぶんもう大丈夫のはずですね、他の皆さんはご飯前に入ってましたから」
「ゆきさんはもう入ったの?」
「私は食事の準備もありましたからまだですが…それがどうかされました?」
「いや、どうせだから一緒に入るかなって思っただけだよ」
「え、わ、私とご主人さまが一緒に…いけません、そんなことは」
「いや、冗談だよ冗談。その代わりに着替えを持ってきてくれる?」
「分かりました、すぐにお持ちしますね」
………
「最後でしたが、良いお湯でした…」
「ゆきさんおかえり、僕の後で良かったの?」
「いえ、熱いのも苦手ですから最後くらいがちょうど良いのです」
「そっか、そういえばそうだったっけ」
「はい、これくらいの方が気持ちよく入れます」
「なるほどね。あ、そうだ今のうちに言っておこうかな?」
「え?何のことでしょうか?」
「あのさ、もうすぐゆきさんの誕生日だよね?」
「そうですが…」
「それでさ、何がいいかなって考えてたんだよ…」
「もうそのような時期なのですね、本当に早いものです」
「さっきさ、番組見てたらこれならいいかなってのがあったんだけど」
「これとは何のことでしょう?」
ここでご主人さまはゆきの耳元で…
「…………………なんだけどどうかな?」
「そんなに高いところでよろしいのでしょうか?」
「たまにはいいんだよ、ゆきさんだって日頃色々あって疲れてるだろ?」
「し、しかし…」
「だからさ、これは僕の誕生日プレゼントなんだからね」
「それならば…喜んで受けますわ」
「うん、じゃあ決定だね。それじゃあ予約しようっと」
………
「大丈夫だってさ、2月2日の夜でOKだって」
「ありがとうございます、本当に嬉しいです」
「たまにはこういうところで静かに食事をするのもいいかなってね」
「それも…そうですね、フフフ」
「うん、みんなに邪魔されないのもいいかな」
「それでその日は何時になりますでしょうか?」
「えっと、あの場所となると…6時前くらいに出れば大丈夫だよ」
「そうですか、それではよろしくお願いします」
「うん」
 
そして当日…
「こちらのお部屋でございます、では」
「…本当にありがとうございます、ご主人さま…」
「どういたしまして、ゆきさん」
鹿威しの響く部屋、二人は静かではあるが落ち着いた場所での食事を楽しんでいた…
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あとがき
2006年度BSS13本目です。
当日出しも久々ですなあ…。忙しくて忙しくて…。
でもそれを言い訳に遅らせるのは恥ですから、全力で書きましたですよ。
…それにしても鹿威しって英語に無い言葉なんですね、やっぱり。
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2007・02・02FRI
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