Flow of Rivery Wind(川風の流れ)

ようやく夏の暑さも去った、秋を分ける日のこと…
「ふう…ご主人さま…着いたね…」
「うん、久し振りにこんな所に来たな」
「ご主人さまもしかして…疲れちゃってる…?」
「ちょっとだけだよ、昔はよく登ってたけどさ」
「そうだったね…ご主人さまが子供の頃ってよく山に居たからね…」
「みどりとかあかねが居た頃は特にそうだったね。あの頃はまだ子供だったしさ」
「でも…もうあれから12年も経ってしまったんだね…」
「そうだね、でも12年なんてあっと言う間だったのかもしれないな」
ここはとある山、二人にとっては故郷とも言える場所である。
「ご主人さま、どの辺だったっけ…?」
「ん?何のことだい?あかね」
「この近くに確か…川か沢があったと思うんだけど…」
「えっと確か…もっとそっちの上の方だったと思うけど」
「そこに行きたいなって…何だか色々と思い出してしまったから…」
「うん、何か僕も思い出してきたよ。あの頃は活発に野山を駆け回ってたことをさ」
「そうだったんだ…知らなかったな…」
「あ、そうだ。そこに行く前に行きたいところがあるんだけど、いいかな?」
「いいよ…ご主人さまが行きたいところなら…どこへでもついていくから…」
「本当はあかねをあまり連れて行きたくない場所だけどさ」
「えっ…?」
「来ればたぶん分かると思うよ、あかねも知っているはずの場所だからさ」
「私の…知ってる場所か…」
「あかね、行くよ」
「う…うん」
二人はまた少し山を登り始めた。
 
「ここって…私がご主人さまと出逢った場所…」
「それから…」
「私が息絶えた場所…」
「覚えてたんだね、やっぱり」
「忘れられるはずなんてないから…自分の命が奪われた場所だから…」
「僕もだよ、だって…だってさ…」
ご主人さまの瞳からは自然と温い水が流れ始めていた。
「くっ…泣かないって決めていたのに…でも、ダメだ…」
「ご主人さま泣かないで…私はここに居るんだから…」
「あの頃の自分の不甲斐なさに、泣いてしまってるんだ、きっと」
「不甲斐なさ…?」
「だって、銃で撃たれるあかねに対して僕は何をすることも出来なかった。止めることすら出来なかったんだ」
「ご主人さま、だけど…一つだけ言っておくね…」
「え?」
「ご主人さまは私がどんなことをしても想っていてくれた…それだけで…んっ…」
あかねの眼からも一筋の水が流れ始めた。
「ご主人さま…それで…それで充分だったんだ…」
ぎゅっ
二人は自然と互いの身体を抱き締めあっていた。
「ごめんな、あかね。こんなご主人さまでも許してくれるかい?」
「ご主人さまこそ…こんな守護天使でもいいの…?」
「こんな守護天使だからこそ、あかねだからこそいいんだよ」
「私だって、ご主人さまじゃなきゃ嫌だから…ご主人さま…」
「ありがとう…あかね」
「こちらこそ…ありがとう…ご主人さま…」
ぎゅうっ
二人の腕の力の強まり方が、二人の想いを示していた…
………
「何だか気持ちが晴れたかもしれないな」
「私も…何だか今まで蟠りがあったけど…」
さくっ さくっ
「これでよしっと」
「自分自身の墓標に…自分で花を挿すって不思議だよ…」
「確かにこんなことは普通はできないからね」
「うん…」
「よし、じゃあ行こうか。あかねがさっき言っていた場所にさ」
「そうだね…また来るよ…『あかね』」
「うん」
二人が去ったその場所には2本の曼珠沙華が挿さっていた…。
 
シャーーーーーーーー
「んっ…眩しいっ…」
「うん、ここだけ何だか拓けてるみたいだね」
二人は少し降りた川へとやって来た。
「でも何だか…全てが懐かしいよ…」
「うん、僕もよくここに来てたよ。何も変わってないな」
「風も…あの頃と変わっていない気がする…」
「みどりもきっと、よくここに来てたんだろうね」
「そうかもしれないな…うん」
「それじゃあさ、この辺でお昼にしようか。もう昼も過ぎちゃったしさ」
「そうだね…食べようか…」
と、ご主人さまがリュックを開けると…
「あれ?いつの間にこんな物が入ってたんだろ?」
「どうしたの?ご主人さま…」
「いや、どうしたもこうしたも…」
ぼわんっ
「ぷはあれすっ!」
「「みどりっ!?」」
「ご主人さま、ひどいれす。みどりさんに気が付かないれ、一緒にリュックに入れちゃったんれすから」
「えっ!?いつそんなことしたっけ?」
「今日れすよ。今日ご主人さまが棚にぶつかった時に、落ちて入ってしまったのれす」
「ご主人さましょうがないよ…3人でお昼にしようよ…」
「そ、そうだね…」
「みどりが居ても…私は別に構わないさ…」
「それもそうだね。あ…みどり、帰りも下山するまでは危ないから人形になっててくれる?」
「いいれすけど…これからは注意してくらさいね」
「分かったよ、それじゃあお昼にしよっか」
「ご主人さま、レジャーシートはご主人さまのリュックだよ…」
「そうだった。広げるからみどり、そっち持って」
「はいなのれす」
「(本当はご主人さまと…二人っきりが良かったけど…まあいいか…)」
「ん?何か考え事かい?あかね」
「何でもないさ…何でも…」
そんなあかねの横を吹き抜ける風は、澄み切った秋の風だった…
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あとがき
2006年度BSS7本目です。
タイトルからイメージしてこのような作品になりました。
最後のみどりは何となくですよ、何となく。
あ、そうそう。今年の共通点は漢字の1文字目ですよ。
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2006・08・24THU
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