Piano(ピアノ)

短い秋も終わり、冬に入りばなの頃のこと…
「ご主人さま、少しよろしいでしょうか?」
「ん?いいけど、あゆみ」
「日曜日ですけど、一緒にその…出かけたい場所があるのですが…」
「日曜日…あ、そっか。あゆみの誕生日か」
「はい、あの少し遠いのですが…ここですわ」
と、あゆみは一枚のチラシをご主人さまへと見せた。
「え?あゆみって…これできるの?」
「はい、めいどの世界ではよくやってましたわ」
「そうなんだ。うん、僕は別に構わないよ」
「ありがとうございます、ご主人さま」
「そういえば、ここからどれくらいなんだい?」
「確か二つ隣の市ですから…電車で30分くらいでしょうか」
「うん、それなら…車の方がいいかな?」
「いえ、たまには…」
「ん?ま、あゆみがそうしたいならそれでもいいけどね」
「はい…フフフ」
「あれ?でも…と言うことは、それに当たったんだ」
「そうですわ。ちょうど試弾できる日が誕生日に当たりまして」
「それで応募してみたんだ」
「はい、それなりに倍率が高かったみたいですわ」
「なるほどね」
「久しぶりなので腕が鳴りますわ、フフっ」
「えっと…どれくらいの時間弾かせてもらえるの?」
「少し待っていただけますか?確認してきますわ」
………
「ご主人さま、午後の1時から1時50分ですわ」
「そっか、それならご飯を食べてからそこに行って、それから色々かな」
「そうですわね、試弾以外はおまかせしますわ」
「…あれ?そういえば楽譜とかってあるの?見た記憶が無いんだけど」
「フフフ、数冊ありますわ。でも見ないで弾ける曲もありますわよ」
「あー、やっぱり。でも初めてだな、天使の演奏を聴くっていうのも」
「確かにつばさちゃんは歌が得意ですが、他の方は特別無いですわね」
「家も広いわけじゃないし、楽器なんて無理だよなあ」
「それはしょうがないですわ」
「いずれはみんなとさ、大きな家で暮らしてみたいとも思ってるよ」
「みんなで一緒に頑張れば、できると思いますわ」
「うん。よし、じゃあ日曜日はそれで決定だね」
「はい、よろしくお願いしますわ」
 
そして日曜日…
ガタンゴトン…ガタンゴトン…
「それで今日は何を聴かせてくれるの?」
「そうですわね…何冊か楽譜を持ってきましたのでその中からと…」
「と?」
「憶えている曲を1曲弾きたいなと思ってるんですわ」
「なるほどね、楽しみだよ」
「そ・そんな…御期待に添えられるように努力しますわ」
「あ、もうすぐだね」
「はい。駅から15分くらいですので、駅近くで昼食にしましょう」
「うん」
 
昼食を終え、会場へ入った二人。
「はい、確かに確認いたしました。それではこちらでお待ちください」
「分かりました」
「でも…本当に良かったですわ。こういう機会に恵まれるなんて…」
「これもあゆみの日頃の行ないが良かったからだよ」
「そんな…でも、フフフ」
「それにしても思ったより会場って小さいんだね」
「そうですわね、私ももっと大きいホールかと思いましたわ」
「ま、この方がいいかもしれないけどさ」
「え?どうしてでしょう?」
「誰にも邪魔されずにさ、二人っきりで居られるじゃないか」
「あ…う…そんな恥ずかしいこと言わないでくださいな」
「とりあえずそれはそれ、これはこれ。もうすぐみたいだよ」
二人はなぜか顔を紅くしながら、その時を待っていた…
 
「さて、まず何にしましょう…そうですわね…あ、この曲にしましょう」
「決まったの?」
「はい、では…」
楽譜が譜面台に置かれ、あゆみの指が鍵盤の上を踊り始めた…
………
そして、時間的に最後の曲になり…
「あれ?この曲…」
「ご主人さま、もしやご存知でしたか?」
「うん、つばさが歌ってたので憶えちゃったのかも」
「…フフフ、お歌いなさりますか?」
「…いいのかな?」
「たぶん他に聴いている方も居られませんから大丈夫ですわ」
「そっか、それなら…」
あゆみのピアノの音にご主人さまの声がその部屋で絡み合っていく…
………
「ふう…ど、どうだったかな?僕の…」
「フフフ、この曲って女声の曲なのに、ご主人さまが歌うとまるでそんなことが感じられなかったですわ」
「そう言われると照れちゃうな」
「ご主人さまの歌声、とても綺麗でしたわよ」
「えっ…あ、ありがとう…あゆみ」
チュッ
ご主人さまはあゆみの唇へとそっと口付けをした。
「ご主人さま…」
「あゆみ…」
その部屋は二人だけの空間となっていた…
 
部屋を出ると…
「こちらで少々お待ちください」
「はい。な、何でしょう?」
「今日の記念にお渡しする物がありますので、5分程度お待ちください」
「分かりました」
5分後…
「こちら、今日演奏された曲のCDとなります。記念にどうぞ」
「ありがとうございます、記念になりましたわ」
「そうだね…ん?」
「それでは今日はおつかれさまでした」
「こちらこそ、貴重な機会ありがとうございました」
 
会場を出た二人…
「あのさ、さっきのCDだけど…」
「どうかしましたか?ご主人さま」
「もしかして…さっき歌ったのも入ってるのかな?」
「…そうかもしれませんわね。フフっ、大切にしますわご主人さま」
「他の人には聴かせないでね、あゆみ。みんなに聴かれたら恥ずかしいし、それに…」
「それに…何でしょう?」
「それはあゆみのための歌、だからさ」
「ご主人さま…分かりましたわ」
一枚のディスク、それはあゆみにとって世界に一つの大事な物となった…
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あとがき
40日ぶりのSS…雅です。
1本も出さなかった月があったのは、久方ぶりかと。
そして、今SSは史上最短のタイトルかなと。
確か中の人がピアノが得意だったはずなのでこういうシンプルなタイトルにしてみました。
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2007・12・11TUE
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