ここは新緑の季節である頃の事務所… |
やよい | 「うー…どうしよう…」 |
伊織 | 「どうしたの?やよいったら」 |
やよい | 「あ、伊織ちゃん。ううん何でもないから大丈夫」 |
伊織 | 「そんな元気が無くて大丈夫なわけないじゃない、もう」 |
やよい | 「だって…」 |
やよいは何やらそうとう落ち込んでいる様子。 |
伊織 | 「何よ、アンタの取り柄は元気なことなんだから。私に相談できないこと?」 |
やよい | 「そうじゃないけど…迷惑だもん」 |
伊織 | 「言ってみなくちゃ分からないでしょ」 |
やよい | 「だって、アレを弟たちに買ってあげられないなんて」 |
伊織 | 「ふーん…それでアレって何なのよ」 |
やよい | 「柏餅…」 |
伊織 | 「はあ?」 |
やよい | 「今日は柏餅買って帰ってくるって約束したのに…」 |
伊織 | 「そういうこと…もう仕方ないわね」 |
やよい | 「えっ?」 |
伊織 | 「今日の帰り、私の家に来てみない?」 |
やよい | 「どうして?」 |
伊織 | 「そんなやよい、見てられないからよ」 |
やよい | 「良く分からないけど、伊織ちゃんの家に行けばいいの?」 |
伊織 | 「そうよ。来れる時間はあるわよね?」 |
やよい | 「はいっ、それじゃあ帰りに寄っちゃいますね」 |
伊織 | 「さて、忙しくなったわ…」 |
……… |
そして帰り… |
やよい | 「お、お邪魔しまーす」 |
伊織 | 「そんな挨拶なんていいから上がって、やよい」 |
やよい | 「はいっ、伊織ちゃん。うあー、でも伊織ちゃんの家はやっぱり凄いですー」 |
伊織 | 「ほらほら、そんなところでつっ立ってないでこっち来て」 |
やよい | 「はーい」 |
やよいが伊織に連れられて和室へとついていくと… |
やよい | 「うわー、いっぱいの柏餅ですー!」 |
そこにある三方の上には沢山の柏餅が積まれていた。 |
伊織 | 「やよいのために用意したの」 |
やよい | 「ありがとう!伊織ちゃん」 |
と、やよいが手を伸ばそうとしたその時… |
伊織 | 「ちょーっと待った!やよい、私もタダじゃあげないわ」 |
やよい | 「ええーっ!?」 |
伊織 | 「そうねえ、せっかく5月だから…」 |
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十数分後… |
二人の頭の上には新聞紙の兜が、そして手には新聞紙の剣があった。 |
伊織 | 「このチャンバラで、やよいが一本でも取れたら全部あげるわよ」 |
やよい | 「全部貰っちゃってもいいの?伊織ちゃん」 |
伊織 | 「いいのよ、でも…私に勝てるかしらね?」 |
やよい | 「うー、何だか負けちゃいそうかも…」 |
伊織 | 「じゃあいくわよ!試合開始ね!」 |
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その後… |
シュッ |
空を切るやよいの剣に対して… |
パーンッ |
的確に頭を捉える伊織の剣。 |
伊織 | 「ほらほら、そんなんじゃこの柏餅はあげられないわよ」 |
やよい | 「うー…弟たちも楽しみに待ってるし困りますー」 |
伊織 | 「それなら一発でも打ち込んでみなさいよね、にひひっ!」 |
やよいの頭からは、ぐしゃぐしゃになった兜が既に落ちていた。 |
やよい | 「どうしよう…」 |
伊織 | 「へえ…やよいのダンスの能力はそれくらいなのかしら?」 |
やよい | 「そんなんじゃないもん!」 |
伊織 | 「ほら、いつも踊ってるあの曲みたいにしてみなさいよ!」 |
やよい | 「あの曲…あっ、そっか!」 |
突如ステップが良くなるやよい、そして… |
スパーン |
やよいの一発が伊織の兜を捉えた。 |
やよい | 「あっ…伊織ちゃん、大丈夫っ?」 |
伊織 | 「…ふう、負けたわ」 |
やよい | 「伊織ちゃん…」 |
伊織 | 「約束は約束よ、これ全部あげるわ」 |
やよい | 「本当に全部貰っちゃっていいの?」 |
伊織 | 「いいのよ、元からやよいのためのものだから」 |
やよい | 「でも…」 |
伊織 | 「だって…やよいの悲しんでる姿は見たくなかったんだもの」 |
やよい | 「そんな…」 |
やよいは太陽のような笑顔で伊織へと答えた。 |
伊織 | 「でも、そこまでやよいが遠慮するなら…」 |
やよい | 「え?」 |
伊織 | 「今1個ずつ一緒に食べる、それならいい?」 |
やよい | 「一緒に?うん!」 |
伊織 | 「それじゃ今、お茶を持ってこさせるから」 |
……… |
日溜まりの縁側に並んで座る二人。手には柏餅、傍らにはお茶の入った湯呑がある。 |
伊織・やよい | 「「いただきまーす」」 |
あむっ ぱくっ |
伊織 | 「んー、こういう甘さもたまにはいいわね」 |
やよい | 「甘くてもちもちしてて、美味しいね」 |
伊織 | 「でもやよいの口に合って良かったわ」 |
やよい | 「伊織ちゃん、本当にありがと」 |
伊織 | 「どういたしまして。あと今日は家まで送ってあげるわよ」 |
やよい | 「ええーっ!?そこまでしてもらってもいいの?」 |
伊織 | 「だって、こんなの持ったまま帰る気なの?」 |
やよい | 「あ、そっか…でも本当にいいの?」 |
伊織 | 「私が良いって言ってるんだからいいの」 |
やよい | 「伊織ちゃんっ!」 |
ぎゅっ |
横に居る伊織を抱きしめたやよい。 |
伊織 | 「や、やよいっ!?」 |
やよい | 「大好き、伊織ちゃん」 |
チュッ |
伊織の頬と心へ、やよいのちょっぴり甘くなった唇が跡を残していった… |