ここはある日の撮影スタジオのプール… |
貴音 | 「今宵の月は…銀色の光を放っておりますね…」 |
貴音は一人そんなことを呟いた。 |
チャプッ |
プールの縁に座って片膝を立てて、もう片足をプールの中へと入れた。 |
パシャパシャっ |
カメラマン | 『うんうん、その感じよその感じ』 |
写真家のシャッターもその貴音の神々しいとも思える姿を写していく。 |
涼 | 「この身体の魅力の中にある綺麗さが…貴音さんの魅力なんだ…」 |
プールの中には少年が一人入っていた。 |
カメラマン | 『はーい、秋月さんこっち来てー』 |
涼 | 「あ、はーい」 |
呼ばれた涼は貴音とカメラマンの方へと向かっていった。 |
涼 | 「僕はどうすれば…」 |
カメラマン | 『そうね、ちょっと辛いかもしれないけど…四条さんの横で水から上がる感じで…』 |
ジャバッ |
貴音 | 「んっ…」 |
涼は貴音の隣で手を縁に置いて、勢いよく腕で身体を持ち上げた。水飛沫が少し貴音の顔に掛かったようだ。 |
カメラマン | 『そうそれ、その感じでいくわよ』 |
涼 | 「えっ、この体勢ですか?」 |
カメラマン | 『そうそう、男の子なんだから我慢我慢』 |
涼 | 「ううぅ…はい、分かりました」 |
カメラマン | 『四条さんは今度は両足をプールに入れて』 |
ジャプンッ |
貴音 | 「こうで…よろしいでしょうか?」 |
カメラマン | 『そうそう、じゃあいくわよ。秋月さんお願いね』 |
涼 | 「はい、お願いします」 |
ジャバッ |
パシャパシャパシャっ |
涼が体勢を取ると同時に、下りていくカメラマンのシャッター。 |
カメラマン | 『もうちょっと頑張って…四条さんは秋月さんの肩にもたれ掛かる感じで』 |
貴音 | 「こうで…しょうか?」 |
ぴとっ |
触れ合う貴音の頭と涼の肩。 |
カメラマン | 『いいわよ、あと2、3枚ね…』 |
パシャパシャっ |
カメラマン | 『はいOK!ちょっと休憩するわね』 |
涼 | 「フー…」 |
ザバンッ |
その体勢に疲れたのか、涼はすぐに腕の力を抜いて身体を水の中に戻した。 |
貴音 | 「いかがなされました?秋月さん」 |
涼 | 「や、やっぱりちょっと腕が疲れちゃって…」 |
貴音 | 「あの体勢は確かにお辛かったでしょう」 |
涼 | 「アハハ、はい」 |
ザバンッ |
涼は今度はプールから上がって、貴音の横に腰かけた。そこに… |
P | 「貴音も秋月さんもお疲れさま。休憩だけど二人とも楽屋に戻るかい?」 |
貴音 | 「あなた様、わたくしはこのままで構いませんが…」 |
涼 | 「僕もまだ大丈夫です。でも今日はスミマセン」 |
P | 「ん?どうしたんだい?秋月さん」 |
涼 | 「今日はうちの事務所が忙しくて、僕まで一緒に面倒みてもらうことになっちゃって…」 |
P | 「それくらいは構わないよ。ユニットの時は一回に何人も一緒だからさ」 |
貴音 | 「そうだったのですか…どうりで秋月さんの方が一人しか居られないと」 |
P | 「それで撮影は順調かい?」 |
貴音 | 「今のところは順調です…ただ、こんな夜…明かりのほとんど無い撮影は初めてですから…」 |
P | 「そうだよな。今日は貴音に合わせた形ってことでこうなったらしいよ」 |
涼 | 「こういう月の光の下だと、四条さんは何だかいつもより雰囲気が増している気がします」 |
貴音 | 「そうでしょうか…ただそう言われても悪い気はしません」 |
P | 「確かに貴音の場合は月の王女ってイメージで売り出したところも、多少あるからなあ」 |
涼 | 「だから、こんな美しい人が隣にいるってだけで撮影中ドキドキでした」 |
貴音 | 「あ、ありがとうございます…秋月さん」 |
涼 | 「でもどうして僕が呼ばれたんでしょうか?雑誌のグラビアですよね?」 |
P | 「あれ?そっちの事務所で石川社長とかは何も言ってなかった?」 |
涼 | 「はい。忙しいとかで聞く機会を逸したのもあるんですけど…」 |
P | 「それなら俺から説明していいか。秋月さんはどの雑誌のグラビアって聞いてる?」 |
涼 | 「え?女性向けの月刊○○○○じゃないんですか?」 |
P | 「それもなんだけど、今回は同じ会社の男性向けの月刊××××と一緒なんだ」 |
貴音 | 「わたくしもそれは初耳ですが…」 |
P | 「貴音には月刊××××としか言ってないぞ」 |
貴音 | 「そうでしたか…」 |
P | 「それで秋月さんメインが○○○○の方で、貴音メインが××××になるって話なんだ」 |
涼 | 「そうだったんですか」 |
P | 「だから一緒にちゃんと写っている撮影って、ここまであまり無かったんじゃないかな?」 |
涼 | 「言われてみれば…確かにそうですね」 |
P | 「さっきカメラマンの人が言ってたけど、こっからは二人の写真だってさ」 |
涼 | 「あ、あの…」 |
P | 「ん?どうしたんだい?秋月さん」 |
涼 | 「何だか嫌な予感がするんですけど…どんな写真を撮ることになるんですかね?」 |
P | 「それは分からないな。でも…」 |
……… |
ここはプールサイド… |
カメラマン | 『はーい、これで最後ね』 |
貴音 | 「最後はどのような写真でしょうか?」 |
カメラマン | 『そうね、まずは寄り添ってもらえるかしら?』 |
涼 | 「四条さん、くっ付きますね」 |
貴音 | 「はい…」 |
ギュウっ |
しな垂れかかる貴音を後ろから抱き押さえる感じのポーズになった。 |
カメラマン | 『そうそう、そうやって抱き寄せる感じでね。まずはその状態で…』 |
パシャパシャっ |
涼 | 「それからどうしたらいいですか?」 |
カメラマン | 『んー、そうね…顔を近付けてもらえる?』 |
貴音 | 「顔を近付けるとは…」 |
カメラマン | 『恋人っぽく、口付けする感じで…』 |
涼 | 「し、四条さん…」 |
貴音 | 「秋月さん、そんな緊張されるとこちらまで…緊張してしまいます」 |
貴音は顔だけを右後ろへと半分振り向かせた。そこに近付いていく涼の顔。 |
カメラマン | 『その感じ、その感じで…』 |
パシャパシャっ |
その刹那… |
チュッ |
涼 | 「っ…!?」 |
涼が気が付くと、貴音の唇が自らの唇へと接触していた。 |
パシャパシャっ |
そんな中でも下ろされているシャッター。 |
カメラマン | 『もう、二人ともフリで良かったのにぃ!お熱いわね、でもいい写真だしこれで終わりよ』 |
涼 | 「あ、ありがとうございました」 |
貴音 | 「ありがとうございました…」 |
涼 | 「ど、どうして四条さん、急に…」 |
貴音 | 「何だか…秋月さんとならば…フリではなくても良いかなと思ってしまいまして…」 |
涼 | 「ぼ、僕と?」 |
貴音 | 「もしかして…ご都合が悪かったでしょうか?」 |
涼 | 「いや、そんなことは無いけど…本当に僕とで良かったんですか?」 |
貴音 | 「ええ…ご馳走様でありました」 |
そんなことを言った貴音の月の光が反射した仄白い顔には、少し紅色が差していたという… |