それは水無月の下旬のこと… |
P | 「律子ー、律子ー」 |
律子 | 「そんな何回も呼ばなくても一度で分かるわよ、何?」 |
P | 「これ、付けてみないか?」 |
律子 | 「これって…新しいアクセサリー?」 |
と、プロデューサーが律子に渡したのはペンダントである。 |
P | 「…まあな、ちょっとダンスが弱い気がしたからさ」 |
律子 | 「そうね。こういうのにはあまり頼りたくはないけど…しょうがないわね」 |
P | 「でもどうだ?新曲は」 |
律子 | 「…難しいわね、暗めの割にはダンサブルナンバーでしょ」 |
P | 「確かに難しいよな、今までは明るめの曲ばかりだったから」 |
律子 | 「歌は問題無いと思うけど、やっぱりダンスかしら」 |
P | 「んー…そうだよな。ちょっと踊ってみせてくれないか?」 |
律子 | 「いいけど…」 |
|
律子 | 「どうかしら?」 |
P | 「そうだな…〜〜〜のところが苦手だろ?」 |
律子 | 「そうなの、やっぱりよく見てるわね」 |
P | 「そりゃ振付師の先生のを何度も見てるからさ」 |
律子 | 「んー、どうすればいいかしら?」 |
P | 「どうすれば…って、難しいな。どの辺が苦手なんだ?」 |
律子 | 「ちょっとこれ、足と身体が余りにもバラバラ過ぎて、訳が分からなくなるのよ」 |
P | 「なるほど。別々に練習してもダメだった?」 |
律子 | 「そんなの何回もやったわよ…それでも出来なくて…」 |
P | 「分かった。律子、ちょっと一つ聞きたいんだけど」 |
律子 | 「え?な、何を!?」 |
P | 「伏臥上体反らしの記録はどれくらいだ?」 |
律子 | 「えっと……cmだったかしら。今年の体力測定の時のは」 |
P | 「背筋が少し固いのかもな、それだと」 |
律子 | 「う…やっぱり…言われたわね」 |
P | 「何だ、やっぱり感付いてたのか」 |
律子 | 「そうよ。考えられることがそれしか無かったわけだし」 |
P | 「それはどうにもならないしなあ…振り付け変えるしか無いかなもう」 |
律子 | 「もう少し努力したいんだけどダメ?」 |
P | 「律子の気持ち次第だな。再来週のオーディションまでに間に合わせられるか?」 |
律子 | 「間に合わせる、そのつもりでやってきたから」 |
P | 「分かった、頑張ってくれよ」 |
……… |
所変わって夕方の事務所… |
真 | 「おつかれ、律子」 |
律子 | 「おつかれ真、自主練付き合ってくれてありがとう。おかげでダンスもうまくいきそうよ」 |
真 | 「ボクもやっと歌の方の苦手が取れたかも」 |
律子 | 「真は歌なのね。私は歌はいいけどダンスがけっこう複雑で難しいかな」 |
真 | 「確かに暗めな曲なのにダンスが激しいもんね」 |
律子 | 「ところで、雪歩は大丈夫かしら?」 |
真 | 「雪歩かあ…昨日練習に付き合ったけど、結構息が上がってたよ」 |
律子 | 「はあ…まったく、プロデューサーもどうしてこんな曲にしたんだか…」 |
真 | 「あれ?律子は嫌い?ボクはこういうタイプの曲は好きだけどなあ」 |
律子 | 「私も嫌いじゃないけど…」 |
真 | 「それならいいじゃん。一度決まったことはやらなきゃ」 |
律子 | 「そうよね、ここまで来たらやるしかないわね」 |
真 | 「あ…さっきから気になってたんだけど、そのペンダントどうしたの?」 |
律子 | 「え?どうしたのって…真は貰ってないの?プロデューサーから」 |
真 | 「え?別に貰ってないけど。だって今日は衣装合わせとかの日じゃないし」 |
律子 | 「そうだけど…え?あれ?そういえばこんなの予算を通した記憶無いし…」 |
真 | 「でも律子は、プロデューサーに渡されたんだ」 |
律子 | 「えっ…それじゃあこれって…」 |
ふと、ペンダントの裏に目をやる律子。 |
『23rd Jun. Dear R.A.』 |
律子 | 「6月…23…私の誕生日…」 |
真 | 「愛されてるね、律子。いいなあ、ボクもそんな人が欲しいなあ」 |
律子 | 「ま、真っ!」 |
いつの間にか覗き込んでいた真に声を荒げる律子。 |
律子 | 「ゴメン、ちょっと行ってくるから」 |
真 | 「え?あ、ちょ、ちょっと律子っ!?」 |
真の声を聞く間もなく、律子はその人が居る場所へと駆け出していた。 |
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ここは事務所の会議室。 |
律子 | 「プロデューサー!」 |
P | 「ん?律子、どうした?そんな息を荒げて」 |
律子 | 「憶えててくれてたんですね…」 |
P | 「え?ああ。プロデュースしている人のプロフィールくらい憶えるのは当然だろ」 |
律子 | 「でも、これ…高かったでしょ?」 |
P | 「まあな、それなりに良いのにはしたつもりだからな」 |
律子 | 「そんな…私なんかのためにここまでしなくてもいいじゃない」 |
P | 「律子、それは違う。ペンダントをよく見たか?」 |
律子 | 「えっ…?」 |
P | 「俺、『To』なんか書いた記憶無いんだけどさ」 |
律子 | 「プロデューサー…わ、私…」 |
P | 「俺の気持ちだから、な」 |
律子 | 「私みたいな堅物なんかで…いいの?」 |
P | 「どうしてそんなこと言うんだ?」 |
律子 | 「だ、だってえ…うちの事務所には私じゃなくても魅力的な子がいっぱい居るし…」 |
P | 「そんなに自分に自信が無いのか?律子は」 |
律子 | 「そうじゃないわよ、でも…」 |
P | 「あのなあ…」 |
ぎゅうっ |
プロデューサーは律子の身体を引き寄せて抱きしめた。 |
律子 | 「プ、プロデューサー…な、何ですかいきなり!」 |
語気は強いが、その顔はすっかり紅潮してしまっている。 |
P | 「俺が好きなのは律子、それだけだ」 |
律子 | 「こういう時だけかっこいいこと言わないで、プロデューサー」 |
P | 「でも事実を言ったまでだぞ、俺の本心をな」 |
律子 | 「そんなこと言われても…」 |
P | 「え?俺じゃダメなのか、律子は」 |
律子 | 「ううん。ただ…慣れてないのよ私は、こういうこと言われるの」 |
P | 「俺だって言い慣れてはないな、そういうこと言うのは」 |
律子 | 「も、もう…」 |
P | 「受け取ってくれるんだよな、それ」 |
律子 | 「ええ、プロデューサーのなら…プロデューサーのだから…」 |
P | 「…ありがとな」 |
律子 | 「えっ?」 |
P | 「いや、正直怖かったんだ。受け取ってくれないと言われた時のことが」 |
律子 | 「受け取らないわけないじゃない、私の大切な…その…人なんだから…」 |
P | 「律子…」 |
夕陽の差し込む会議室、二人を照らした光は会議室の壁に一つの長い影を作り出していた… |