Slightly-Distorted "Black"(僅かに歪んだ『黒』)

時は夜、ここは961プロ事務所の窓際…
「貴音、どうしたんだ?」
貴音が一人佇んでいると、そこに響がやってきた。美希や社長はもう帰っているようだ。
貴音「響…ですか?」
「何だ?窓から空なんか見上げちゃってさー」
貴音「月を…見ていたのです」
「月か?ああ、今日は綺麗な半月だな」
貴音「このような気持ちの時は、どうしても見上げたくなるのです」
「ん?どしたんだ?」
貴音「…響は、何も悩みが無いようですね」
「何だよ、自分だって悩みくらいあるさ」
貴音「そう…ですか」
「いぬ美たちの餌代とか、次のオーディションの戦略とか、やよいをどうやってこっちに引き入れるとかな」
貴音「…はぁ…」
「何だ?貴音のは随分と深刻そうだな」
貴音「ええ…」
「ははーん、もしかして男関係か?」
貴音「…っ!な、なぜそれを!」
「そんなに深刻に悩むなんて、家族のことか男のことくらいだろ?」
貴音「………(こくんっ)」
貴音はただ一つ頷いた。心なしか顔も赤らめている。
「でも自分たちの近くって社長くらいしかいないだろ?男って…誰だ?」
貴音「響もたまに逢っている人…です」
「自分も逢っている人で、貴音も顔を合わせている人?」
貴音「はい…」
「んー…もしかして、765プロか!?」
貴音「………(こくんっ)」
「ど、どうしてだ!?」
貴音「どうしてかは分かりませんが、最近ではあの方と逢う度に心が揺れ動くのを感じますわ」
「なるほどなー…分からなくもないかもなー」
貴音「響はあの方のことをどう思っているのですか?」
「そうだなー、まあ何だかんだ言って結構ペットのことでは世話になってるんだよな」
貴音「そうですか…」
「いつもはああ言ってるけど、嫌いってわけじゃないんだ。やよいと一緒に居る時はちょっと嫌だけどな」
貴音「嫌…ですか?」
「うん。だって社長が言ってただろ?765プロはアイドルにセクハラするような奴だって」
貴音「…はい?そのような話は聞いておりませんが」
「えっ?貴音は知らないのか?」
貴音「まったく…美希からもそのようなことは一言も…」
「そういえばそうだよなー、別に自分もこの目で見たわけでも無いし」
貴音「もしや…響、黒井殿に騙されているのでは?」
「確かにやよいが否定している時、真剣な目だもんなあ」
貴音「しかし、スキンシップ程度はあるのやもしれませんが」
「それくらいは分かるけど…うーん、何だかよく分からなくなってきたぞ」
貴音「わたくしが萩原雪歩のプロデューサー殿としてお逢いしている時は、そのような素振りはありませんよ」
「だとすると、何で社長は自分にそんなこと言ったんだろ?」
貴音「恐らくですが、彼奴らを敵視させて闘争心を煽るためでしょう」
「確かに社長の方針は765プロの事務所を潰すことだけどな」
貴音「響はあの事務所をどのように思っていたのですか?」
「そりゃあ765プロとか男がアイドルにセクハラしてるって思ってるぞ」
貴音「いいえ、社長にそのように言われる前です」
「そうだな…特に何にも思って無かったと思うけど」
貴音「やはり…社長に植えつけられたのでしょう」
「貴音に言われると、何だか自分もそう思えてきたぞ」
貴音「でも今はまずあの事務所を叩きのめすことが、わたくし達に課せられた使命」
「だよな、貴音。でもそう言われると、少しやりにくくなっちゃったさ」
貴音「そうなのです。わたくしもそれに苛まれています」
「…まあでも確かに一緒に居ても悪い気はしないのは分かる気はする」
貴音「響もそう思われますか」
「ペットを介してだけど、765プロは人は良いもんな」
貴音「はい…」
「自分があんなことして敵対心むき出しなのに、それを何とも思ってないみたいだし」
貴音「わたくしもそれはそう思います」
「普通だったらありえないよなー。だって普通は敵方の手助けなんてしないぞ」
貴音「なぜでしょう…わたくしもそれが不思議で堪りません」
「きっと誰に対しても優しくなれる性格なんだろうな」
貴音「…わたくしは多分それに惹かれてしまったのでしょうか」
「そう…じゃないか?いい奴…なんだよ」
貴音「ん…?どうしました響。何だか少し顔が紅くなっておりますが…」
「な、何でもないぞ何でも」
そうは言っているものの、頬が少し赤みを帯びているのは明白だ。
貴音「どうしたのです?」
「いや、ちょっと765プロのこと考えてたら…な」
貴音「響…もしかして響もですか?」
「あんな自分に対して優しくしてくれる人、考えてみたらこっちに来て居なかったからさ」
貴音「自覚…したのですね」
「…えっ?」
貴音「美希が言っていたのです。わたくしも響も最近あの方を見る目が変わっていたと」
「そうなのか…美希は意外とそういうところ鋭いからな」
貴音「響、だからと言って油断は許されません」
「そうだな。まずはあっちを潰してから、こっちに引き入れるというのもアリだぞ」
貴音「黒井殿が許しますでしょうか」
「美希も入れて3人で言えば大丈夫さ。美希だって諦めて無いんだしさ」
貴音「そう…ですね。やってみるだけの価値はありましょう」
「ついでに、あっちのアイドルももう何人か引き入れちゃおうぜ」
貴音「はい…しかしこれが皮算用にならないよう、これまで以上に気合を入れて参らないとなりませんね」
「ああ。負けられないな」
貴音「手始めにまずは次のオーディション、ともに勝ちましょう」
「そうだな貴音。ゆくゆくはアイドルアルティメイトを勝ち抜いて…」
貴音「こちらにあの方を…」
「それからこの事務所に765を吸収…できればいいな」
貴音「わたくし達ならそれもやれましょう」
「貴音…ありがとうな」
貴音「何でしょう?」
「自分の気持ちに気付かせてくれて」
貴音「そんな…お礼はわたくしではなく、美希の方へしてあげていただけますか」
「それもそうか。でも765プロのことは今度から美希もライバルじゃないか」
貴音「…響、それは言わない約束でしょう」
「そうだな貴音…アハハっ」
貴音「フフフ…響らしいです」
二人の心に生じた微妙なひずみ…何か違う光が二人の心へと射し込んでいく…
この時、半年と半月余り後に鳴動する運命の歯車は回り始めた。
そのひずみに自らが崩されていくこと、そしてその光が別の方から射し込み始めることを、二人はその時まだ知る由も無かった…
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あとがき
どもっ、飛神宮子です。
3カ月に1回は書く961プロSS。今回は貴音と響の両名にご登場願いました。
いくら敵とは言っても相手を決して無碍にはしない、だからこそのプロデューサーなのでしょう。
ちなみにこの「半年と半月余り」というのは961-765=196=30×6+16からです。
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2010・05・30SUN
飛神宮子
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