ここはボイスレッスン場、ソファに並んだ二人の姿があった。 |
P | 「どうだ?かなり高音と突然の低音が来る曲だけど」 |
千早 | 「そうですね…少し音が狂いそうなのが怖いです」 |
P | 「やっぱりそうか。サビ前のところが伸びきれなかったのはそれか」 |
千早 | 「意識して歌うとなると、今度は声が張れなくなりますから」 |
P | 「その辺は難しいな。でも今の千早ならできるはずだぞ」 |
千早 | 「今の私なら…はい」 |
P | 「これが出来ないと、社長の許しも貰えないからさ」 |
千早 | 「それは…さすがに困ります」 |
P | 「だから、今回のCDには命運が掛かってるから…今の力を出し切ってくれ」 |
千早 | 「はい…分かりました」 |
P | 「…でも、本当にこんな風になるとは思わなかったな」 |
千早 | 「確かに…プロデューサーとこんな形になるなんて」 |
P | 「色々あったよな」 |
千早 | 「そうですね。私のことを今一番知っているのは、きっとプロデューサーです」 |
P | 「随分と泣かせてしまったりとかしちゃったな、千早のこと」 |
千早 | 「でも、それでもいつも味方をしてくれましたから」 |
P | 「孤独はもう…イヤだろ?」 |
千早 | 「もう絶対に…イヤです」 |
P | 「俺も千早と出会って、こうしてプロデュースしてから変わったよ」 |
千早 | 「フフッ…そうですね」 |
P | 「何だろう?千早の弱いところを知ってから…それを力に変えようと思ってからかな」 |
千早 | 「そうだったんですか?」 |
P | 「千早にとって、頼りになる男になろうと思ったのはそれからだからだぞ」 |
千早 | 「でも、私にはきっとそれより前からでしたけど」 |
P | 「そうか?」 |
千早 | 「だって…ずっと心の拠り所になってくれていましたよ」 |
P | 「そうなのかな。千早自身がそう思ってるのならそうなのかもしれないけど」 |
千早 | 「こんな私を…私の全てを受け止めてくれましたから」 |
P | 「まあ本当に言ってしまえば、巡り合わせっていうのに感謝だよ」 |
千早 | 「はい…」 |
P | 「それにしても、世界に挑戦したいって言葉を聞いた時は驚いたさ」 |
千早 | 「やはり…そうでしたか。それならばプロデューサーは、どうして止めたりとかをしなかったのですか…?」 |
P | 「どうしてって…止める理由なんて無いじゃないか」 |
千早 | 「しかし…」 |
P | 「夢を諦めさせることをさせたくなかった、それかな」 |
千早 | 「………」 |
P | 「ここで千早に夢を諦めさせたら、昔の千早に戻ってしまう気がしたんだ」 |
千早 | 「昔の…私ですか?」 |
P | 「ああ。自分だけの殻に入ってしまっていたあの頃にな」 |
千早 | 「そんなことは無いと思いますが…」 |
P | 「今だからそう言えるんだと思う。今の千早はあの頃に比べたらずっと強くなってるはずだから」 |
千早 | 「はい…それもみんなプロデューサーのおかげです」 |
P | 「みんなというのは違うと思う」 |
千早 | 「えっ…ど、どうして…?」 |
P | 「俺は千早の力を引き出しただけなのだからな」 |
千早 | 「私の力…ですか?」 |
P | 「ああ。元から千早は持っていて、ずっとそれを閉ざしていたんだ」 |
千早 | 「そうなのでしょうか…でもプロデューサーがそう言うのならば、そうなのかもしれませんね」 |
P | 「でもさ、俺だって千早に色々教えてもらったさ」 |
千早 | 「わ、私がですか…?」 |
P | 「うん。何が自分に足りない何かが、ようやく分かったんだ」 |
千早 | 「それって…んっ…!」 |
プロデューサーの唇は千早の唇を突然に塞いでいた。 |
P | 「自分が共に歩むための人、そして…自分が愛して守りたい人」 |
千早 | 「………」 |
P | 「千早が全ての『答え』だったんだ」 |
千早 | 「私…もう何も怖くありません」 |
P | 「俺も、千早となら絶対に何でも乗り越えられる。いや、乗り越えて見せるさ」 |
千早 | 「プロデューサー…」 |
P | 「でもさっきのキスで、本当に分かったよ、あの日何故巡り逢ったのか」 |
千早 | 「えっ…?」 |
P | 「千早を悲しみから守るため、それから心の夜を終わらせるためだったんだって」 |
千早 | 「プロデューサーっ…!!!」 |
ぎゅうっ |
千早はプロデューサーの胸元へと思い切り抱きついた。 |
千早 | 「一緒に…心からずっと一緒に居られる人が出来て…本当に嬉しいです…」 |
P | 「俺もだよ…千早」 |
千早 | 「これからもずっと…私のそばに居てください」 |
P | 「どこへ行こうと言っても、地の果てまでついて行くさ」 |
千早 | 「どこでも…」 |
P | 「ああ。二人で見た夢を決して忘れない、そして諦めたりなんかしないから」 |
千早 | 「○○…さんっ…!!」 |
いつしかプロデューサーも千早のことを優しく抱きしめ返していた。 |
千早 | 「私…幸せです。こんなに自分を分かってくれる人に巡り逢えて…」 |
P | 「俺もだよ。こんなに可愛くて俺のことを導いてくれる人に巡り逢えたんだから」 |
千早 | 「…もう少しだけ、こうしててもいいですか?」 |
P | 「千早の気が済むまで、俺は構わないぞ」 |
千早 | 「温かいです…そしていい香りです…」 |
二人は互いの温もりを、ただただ感じあっていた… |
……… |
それからしばらくして… |
P | 「千早、千早」 |
つんつん |
すっかり心溶けて眠ってしまった千早の頬を突くプロデューサー。 |
千早 | 「ん、んーっ…あっ…寝てましたか?」 |
自分の状況に少しだけ顔を赤らめる千早。 |
P | 「おはよう千早、そろそろレッスン再開しないか?」 |
千早 | 「そ、そうですね。さすがにプロダクションのスタジオとは言え、こんなことに使っているわけには…」 |
P | 「ま、今日は俺たちのために一日空けてもらってるけどな」 |
千早 | 「しかし…ここでこんなことをするためではないですよ」 |
P | 「それもそうだな。よし、やるか!」 |
千早 | 「はい。プロデューサー、この曲のレコーディングは来週ですよね?」 |
P | 「ああ。行けるよな?もちろん」 |
千早 | 「絶対にやってみせます、大丈夫です」 |
P | 「それじゃあまず、全体通しでやってみてそれからだな」 |
千早 | 「分かりました。気合を入れるので1分だけ待ってください」 |
P | 「1分だな?分かった。俺はその間に準備してるから」 |
千早 | 「よろしくお願いします」 |
夢に向けて全てにおいて共に歩むと決めた二人の目には、もう一点の曇りも無い… |