Sweetness at Home(故郷の甘み)

ある日のアイドル寮の事務室…
椿「こんにちは。荷物が届いたとのことで取りに来ました」
事務員「こんにちは、えっと…椿ちゃんね。でも決まりだから部屋番号と名前を一応お願い」
椿「はい。S-103の江上椿です」
事務員「S-103ね…S-103は…………ああっ、ちょっと違うところに置いたんだわ」
椿「たぶんそうだと思います。中身の連絡はもう電話で受けてますから」
事務員「それならちょっと待ってて。食堂の厨房に置かせてもらっているから、取りに行ってくるわね」
椿「分かりました」
数分後、椿の腕の中には何やら果物が入った箱が乗っかっていた。
椿「さて、早苗さんに連絡しないとですね…」
椿はスマホを取り出して早苗へと連絡を取り始めた。
 
そしてここは椿の居室があるフロアの談話スペース…
早苗「もう何個かは熟しているみたいね」
椿「はい。送ってもらう時にすぐ食べられるようなのも欲しいと言っておきました」
早苗「それならさっそく頂こうかしら」
椿「今ナイフとお皿とフォークを持ってきますね」
早苗「♪〜 やっぱりこれよ、この薫りよねぇ…」
椿「なかなかこっちでは売ってないのが辛いです」
早苗「食べられないと思うと恋しくなるのが常ってものよ」
椿「それじゃあ剥きますよ。何個くらい食べます?」
早苗「んー、1個か2個でいいわ。椿ちゃんも食べるんでしょ」
椿「剥いた端から全部食べないでくださいね」
早苗「はーい」
椿はその果物の皮を剥き始めた。
早苗「これがラ・フランスとか他の洋ナシには無い薫りよねえ」
椿「育てにくくて広まらなかったのが本当に残念です」
早苗「本当よ。あまり知られていないから驚いたわ」
椿「はい、まずはお一つどうぞ」
早苗「ありがと…あむっ…んーっ!この味この味、やっぱりル レクチエは最高っ!」
椿「私も一口…んむっ…美味しい…」
早苗「これを一度食べちゃうと、他が違和感が凄くてねえ」
椿「洋ナシのガムあるじゃないですか。あれ噛んでみた時に唖然としたのを思い出しました」
早苗「あー、分かるわー」
そこに…
裕子「あれ?早苗さんどうしたんですか?」
早苗「あらユッコちゃん。セクギルで何かあったかしら」
裕子「いえちょっと通りかかったら、すごく甘い薫りでしたんで」
早苗「それじゃあ食べてみて、ユッコちゃん」
裕子「いいんですか?」
早苗「ええ。いいわよね、椿ちゃん」
椿「はい、まだ今日食べられる分は残ってますから」
裕子「それじゃあいただきまーす…あむっんむっ…あ、甘ーっ!」
早苗「もう完熟してるもの、当り前じゃない」
裕子「これって洋ナシですよね。何か食べたことがない味ですけど…」
早苗「これはね、主に新潟でしか作っていない品種なの」
裕子「そうなんですか、これは美味しいです!」
早苗「良かったわ。また食べに来てもいいわよ…って椿ちゃんのなんだけどね」
椿「そうですよ、頻繁に来られたら私たちの分が無くなっちゃいます」
裕子「ありがとうございます。また今度ごちそうしてください。ではまたー」
早苗「ええ、また明日のレッスンでねー」
そんな裕子と入れ違いに現れたのは…
マキノ「椿さん、美味しそうな物を食べてるわね」
椿「あ、マキノちゃんこんにちは」
早苗「マキノちゃんじゃないの」
椿「今日送られてきたんです。マキノちゃんも一口どうです?」
マキノ「そうね…この二人だから品種自体は分かってるわ」
早苗「食べたことはあるのかしら」
マキノ「私の記憶にはないから、おそらく食べたことはないでしょうね」
椿「はい、どうぞ」
マキノ「ええ、いただくわ…はむっ…なるほど…これはまた…バートレットなんかとも違う味なのね」
椿「あまり他の品種に馴染みがないんですが…そうなんですか?」
マキノ「ええ、これはこれでまた美味しいわよ」
椿「良かったです」
マキノ「ごちそうさま、ありがとう。椿さん、また今日の夜に打ち合わせね」
椿「はい。また今日の夜も剥いて持っていきますね」
マキノ「楽しみにしてるわ。それじゃあまた後で」
早苗「そういえば今は同じ階なのね」
椿「部屋も移りましたから。早苗さんもですよね」
早苗「アタシは館まで変わったもの。あの大規模移動に巻き込まれたというかねえ…」
椿「あれって確か…GBNSの皆さんの発案だったんですよね」
早苗「…少しでも住みやすい環境にするなら、私たち大人が少しは我慢しないとなのよね」
椿「はい…」
………
早苗「ふー、食べた食べたわ。久しぶりに堪能したわー」
椿「私も思わず進んでしまいました」
早苗「あと何個あるの?」
椿「あと4個ですけど、もっと食べるならまた送ってもらいますよ」
早苗「それなら今度は自分で送ってもらうわ」
椿「助かります」
早苗「さーってと、これから取材なのよねぇ…」
椿「おつかれさまです。何の取材ですか?」
早苗「それがね、いわゆる業界新聞ってのよ。アイドル関係じゃないの」
椿「そうなんですか。私も一度写真関係は受けたことがありますけれど」
早苗「まあ、前職がねえ…」
椿「そういうことでしたか…」
早苗「気乗りしないわけじゃないのよ。今のこんな姿見せて良いのかって思ってるのよ」
椿「もう知られちゃっているのなら、それはそれで良いのではないでしょうか」
早苗「そうよね…やりきってくるわ。お仕事自体は楽しいし」
椿「私も来年こそ凄く大きなお仕事ができたら良いなって思っています」
早苗「椿ちゃん、なかなか来ないわよね…」
椿「私の周りだと芽衣子さんとマキノさんくらいですから」
早苗「凄く大きなお仕事が出来ていない子も減ってきてはいるんだけど、こればっかりは難しいらしいわ」
椿「タイミングが来ないとですからね…頑張ります」
早苗「相談ならまた乗ってあげるから」
椿「はい、その時はお願いします」
早苗「それじゃあ今日はありがとうね。片付けまでお任せしちゃって」
椿「いえいえ、また何か来たら呼びますから」
早苗「ええ、待ってるわ」
早苗は取材の準備に自分の居室へと戻っていった。
椿「さてと、生ゴミはそっちのペールで…ナイフとお皿は洗うから流し台にっと」
椿は手際よく片付けをしていく。
椿「いい気分転換にもなりましたし、夜のマキノさんとの打ち合わせもきちんとこなさないとですっ」
椿の表情からは少しだけ悩みが取れたような雰囲気を醸し始めていた…
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あとがき
飛神宮子です。
椿さん2か月連投、そして久々の地元ネタです。
ラ・フランスやバートレットと比べるとマイナーですが、ル レクチエも美味しいですよ。
地元としては食べ慣れてしまっていて、他の品種の味に違和感を感じているのも事実なのですが…。
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2017・11・29WED
飛神宮子
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