Break the Silence(静寂を破って)

こんな英語のなぞなぞを知っているかしら?“What is broken when you name it?”
訳すと「名前を言うと壊れるものって何?」というところね。
そして今、私は……
 
私がアイドルになってからもう…だいぶ経ったわね。今日は都外での仕事で、今はその帰り。
「すっかり遅くなってしまったな。大丈夫か?マキノ」
マキノ「ええ、トラブルもあったから仕方ないわ」
少し収録トラブルもあって、遅い時間の高速をプロデューサーの車で駆け抜けているところ。
「帰るまで寝てても良いんだぞ。この分だと寮に着く頃には深夜になりそうだからさ」
マキノ「良いのよ。元々夜には慣れてる方だから」
「そうか…でもほどほどにしておいた方が良いぞ。まだマキノの歳は成長期なんだから」
マキノ「フフ、そうね…」
そう言いながら私は過ぎ去っていく光の景色を眺めていた。
マキノ「でも今日はプロデューサーも大変だったのに…疲れているでしょう?」
「あれくらいは大なり小なりよくある話さ。疲れていないといえば嘘になるけど」
マキノ「それなら次のPAで少しくらい休みましょう。疲れている時に車を走らせても身体に良くないわ」
「寮に着く時間がさらに遅くなるぞ?」
マキノ「到着が深夜になるとは伝えてあるし、それに私の方から良いって言ってるの」
「分かった。じゃあ次のSAで休憩しよう」
 
「マキノも出るか?」
マキノ「そうね。ちょっと夜風に当たりたいから」
「何か飲むなら買ってくるよ」
マキノ「もしならブラック…ううん、今日は微糖で」
「微糖だな、了解」
マキノ「少しそっちの方で待ってるから」
「分かった」
私はちょっと都心の夜景が見える方へ向かった。
………
「マキノ、はい」
マキノ「ありがとうプロデューサー」
カシュッ プシュッ
マキノ「もうアイドルになってどれくらいかしらね…」
「急にどうしたんだ?」
マキノ「こんな論理が通らない世界に身を投じることになって」
「そうさせた本人だから何とも言えないな」
マキノ「こうしてずっと続けている自分が少しおかしく思えたのかもしれないわ」
「そうか…でももうかなり経ったよな」
マキノ「その間にも様々なユニットで、イベントで、色んな人と関わらせてもらったのよね」
「色々な可能性を試すのも大切だから」
マキノ「全ては良い経験に繋がったわ」
「マキノがそう感じてくれたのならプロデューサーとして嬉しいよ」
マキノ「その全てが刺激的で、解析できないこと…ね」
「データや分析だけでは測れないことばかりだっただろ?」
マキノ「ええ、そうね。いつの間にか出来事へと期待している自分がそこに居たわ」
「マキノのご期待に添えられたかは分からないけどな」
マキノ「フフフ、そうね…」
私はプロデューサーに釣られてコーヒーを喉へと流し込んだ。
「どうした?マキノ」
マキノ「どうしたって…何かしら」
「いや、ちょっと引っかかってさ」
マキノ「そう…」
「何か迷いがありそうな気がしてな」
マキノ「そうね…そうじゃないと言ったら嘘になるわ」
「そうか…」
マキノ「このままで…良いのかしらって」
「このまま?」
マキノ「今のままでも充実していて、アイドルとしてはそれで充分なのかもしれない…。でもそれで良いのかしら」
「マキノ…」
マキノ「何かこう、この世界に入る時に持っていた夢…今もそれに向かっているのかが分からないの」
「夢か…俺に語ってくれてはいないよな」
マキノ「ええ…確か自分自身の心の中に秘めていただけのはず。砕けてもう消えたのかもしれない」
「それなら俺にどうこうできるものでもないけどさ、でも今はまだ迷いの時期なんじゃないか」
マキノ「迷いの…時期…」
「きっとその夢はマキノの中に少しは残っていると思う。でなければこうして続けている意味が無いだろ?」
マキノ「………それは…」
「迷って迷って迷いの中を抜けるために、今も進み続けている…そんな時期なんだ」
マキノ「…………」
「その闇の先の光に向けてさ、手探りでもぶつかってでも進んで行けば良いんだよ」
マキノ「そうね…プロデューサー」
「ま、俺がその手助けになれるかは分からないけれど、プロデューサーである限りはできる限りのサポートはする」
マキノ「期待して…ううん、信じてる」
「よし、そろそろここ出るか」
マキノ「ええ、プロデューサーも休憩は充分そうね」
「俺自身もこうして話せてスッキリできたところもあるからな」
マキノ「そうなのね」
「じゃ、ちょっと缶捨ててくるから預かるよ。先に車に入っていてくれ、はいキー」
マキノ「分かったわ、お願いするわね」
この鍵も結構傷ついてる…それだけ働いてくれているのよね…
カチャッ ガチャッ バタンッ
マキノ「まだ少し温かい…」
ここに来るまでは暖房を入れてたから、まだその温もりが残っていたみたい。
ガチャッ バタンッ
マキノ「お帰りなさい、プロデューサー。はい、キーよ」
「ただいま。エンジン掛けて温まってても良かったのに」
マキノ「いいのよ、これくらいなら待ってられる温度だもの」
「そうか…あ、そうだ言い忘れてたんだけど、マキノ」
マキノ「何かしらプロデューサー」
「事務所内でのオーディションの話が来てるんだ」
マキノ「その話なら聞いてるわよ」
「そう言うと思っていた。もちろんもう書類は提出してある」
マキノ「私もそう言うと思っていたわ」
「3枠だけど、獲れれば確実に飛躍の場になる」
マキノ「ええ…去年は獲れなかったあの枠ね…」
「悔しかったな。マキノの力なら獲れると信じていたんだけど」
マキノ「勢いには勝てなかった…それだけの話よ。あかりやつかささん、あきらにはその時に勢いがあったの」
「でももうそれも去年の話だ」
マキノ「そうね…自分を信じて勝ち取ってみせるわ」
「ああ…今のマキノならきっとやれるさ」
この希望を道連れに、このアイドルの夜明けへとプロデューサーと駆け抜けて、その先へ…
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あとがき
飛神宮子です。
1年ちょっとSS執筆をお休みしておりましたが、この第10回総選挙を受けて少しずつ再開することにしました。
私が好きな曲(この作品の英タイトル)を題材にしたいと総選挙投票終了後に思い立ったのもありますが。
そして地味に私としては珍しい一人称SSです。
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2021・05・27THU
飛神宮子
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