Love Phantom Thief at 19:35(19時35分の恋怪盗)

ここはある日のアイドルルーム…
「頼子さん、今度のライブの演出についてなのですが」
頼子「はい、ライブというとファインダーとのでしょうか」
「そのライブです。それでですね、プロデューサーさんからさっき書類をもらいまして」
頼子「何でしょう…」
「まずはこれに目を通していただければと思います」
頼子「ありがとうございます、都ちゃん」
「…と、その前に私も座らせてもらいます」
都は頼子の座っているソファの向かいのソファへと腰を下ろした。
頼子「なるほど…吊るのは難しいですか…」
「私も見たいとは思ったのですが、さすがにそこまで広い会場でもないので厳しいと…」
頼子「それならしょうがありませんね、残念ですが…それでこの部分はどうするんでしょう」
「その部分の代替案を考えてほしいと言われたんですよ」
頼子「そういう話ですか。そうなるとこの5分をどう埋めるかですね…」
「怪盗と探偵となると追い掛ける以外の話は難しいですし」
頼子「ただいつも捕まらないのが…特に私達の場合はいつも…」
「うう…頼りない探偵ですみません…」
頼子「そんな、都ちゃんが悪い訳ではないですから…」
「でも確かに世間ではそういうイメージになっているんですけれど…」
頼子「それなら今回は逆に捕まってみましょうか」
「ええっ!」
頼子「たまにはそういう変化も良いかと思いますが」
「なるほど…確かにいつも頼子さんには逃げられてばかりで、ファンの皆さんにも飽きていられるかもですね」
頼子「それならその線で考えましょう…」
「それで今回なんですが、ちょうどさっき盗むのに手頃そうな物が事務所に来たらしいです」
頼子「そうなんですか?」
「プロデューサーさんに聞いたところ、ルームの飾り付け用の新しいサンプルが届いたらしくてですね」
頼子「今度はどんなテーマなのでしょう」
「それが宇宙らしいです」
頼子「宇宙…どこのルームの方々のご要望だったのでしょうね…」
「それは分からないのですが、そちらの中に…」
ガサガサガサ ガタンっ
都は横に置いてあった箱の中から一つのケースを取りだした。
頼子「これは…」
「月の石の模型と聞きました」
頼子「なるほど、確かにこれは貴重な物なので盗るに足る価値のある物ですね」
「いつも同じでは面白くないだろうとのことで、今回はこれにしたらどうかとの提案でして」
頼子「良いですね、重さは…」
ひょいっ
頼子「これくらいなら持って行けそうですね…」
「ではこれを使うとして…捕まえるまでのプランを考えないとですよ」
頼子「そうですね。それだと…いつもと違って私の方が失敗するということになりますが」
「軽いとはいえこの大きさの物を抱えるとなると、転ぶと怪我の恐れもありますから…」
頼子「このケースは開けられないんですね」
「はい。中身も動かせないようにしてあるそうです」
頼子「そうなると、ケースを入れ替える演出で暗転の数秒の間にやれるかで考えましょう」
「ああ、その手がありましたか。中身だけが出たように見せれば無理にこれを持つ必要も無いですね」
頼子「これと似たような物を作ってもらう必要がありますが…」
「それは聞いてみます。サンプルの段階なので、まだ完成していないものがあれば良いですが」
頼子「中身だけならばいつものようにマントの中で構いませんからね」
「それだけなら、転んでも大丈夫…でしょうか」
頼子「だとしたら今回は単に追い詰められるだけというのはどうでしょう」
「確かにそっちの方が自然ですね。転んでケガをする危険性もありませんし」
頼子「宙乗りができないのを、逃亡手段が上手くいかなかったという形にすれば…」
「それなら自然に話が進められそうですね」
頼子「その方向で話を詰めましょう」
………
そして当日…
「なになに…『南西の暗黒が、この石を無と帰すでしょう……怪盗Y』…ですか」
月の石の展示場所に置かれたカードの文章を読む探偵姿の都。
「南西の暗黒…南西とは果たして…」
18時半に開演したライブステージ、ちょうど一時間となったその瞬間…
フッ…
ステージ上の照明が消えた。
「えっ…急に!この暗号はそういうことでしたか!」
パッ
ステージ上の照明が戻ったその時にはもう、月の石のケースは空になっていた。
「怪盗Yめ…いや、まだ近くにいるはず!探偵都、逃がしませんよっ!」
ステージの上手の方にチラッと姿を見せた怪盗姿の頼子。
「いたっ!待てーっ!」
頼子「フフフ…待てと言われて待つ人はいませんよ…」
タタタタタタ ダダダダダダダ
ステージを上手下手と追いかけっこをする頼子と都。
「そちらは行き止まり、もう逃げられませんよ」
頼子「果たしてそうかしら…フフ……えっ…?」
壁へと追い詰められた頼子。
「どうしました?」
頼子「あれっ…?な、無いっ…」
「捜し物はきっと…」
都はコートの中から通信機らしきものを取り出した。
「これでしょうね。現場に落ちてましたよ、怪盗さん」
頼子「………降参よ。今回は私の負けみたいね」
「さて…返してもらいましょうか」
頼子「…ええ…」
都がズイっと前に進んだその時…
ツルっ ドンっ
転びかけた都の伸びた腕は、ちょうど壁ドンのような形になって頼子の横へと落ち着いた。
頼子「だ、大丈夫ですか?都…ちゃん」
「す、スミマセン…締まらないですね…エヘヘ…」
椿『探偵ホームズ都の手帳、次のページをお見せするのはまた今度…』
「わー!椿さん、冷静にナレーションしないでくださーい!」
頼子「都ちゃん、そろそろそこから手を…」
「ああ、す、スミマセン…」
頼子「いえ…その別に…な、何でもないです…」
「頼子…さん?」
頼子「…ほら、そろそろ次の曲にいかないとですから」
「あ、はい…そうですね」
………
その公演後のディテクティブヴァーサスの楽屋…
さっきまでプロデューサーと反省会をしていたため、二人はソファに横並びで座っていた。
「本当に今日はスミマセンでした…」
頼子「そんな、謝らないでください都ちゃん」
そのプロデューサーはファインダーの方の楽屋へ行ってしまい、今は二人きりの楽屋である。
「最後があんなになってしまったのは私のせいですし…」
頼子「…あれは事故ですから仕方ないですよ」
「でも…」
頼子「それに…その…悪い気はしませんでしたし…」
「………へ?」
頼子「…アレは身長差を加味しなければ…壁ドンに…なってました…」
「……い、今考えると、もしかして私は凄く恥ずかしい事を公衆の面前で!?」
頼子「……そうなりますね…」
「えっ、でも今…悪い気はしないって…」
頼子「都ちゃんの真剣な眼にドキッってさせられたのかもしれません…」
「その…えっと…」
頼子「いいんです、私が一方的にそう思っただけですから…それだけですので…」
「あの…頼子さんは私をそんなに想うなんて、それで良いんですか…?」
頼子「………都ちゃん?」
「頼子さんならもっと良い人だって…それにそれこそ女の子同士なんて……あの…何て言えば…えっと…」
頼子「女の子同士だって…私は構わないと思います。好きになったのなら…」
「正直まだ驚いています。頼子さんがそんな人だって思ってませんでしたから…」
頼子「………そう…ですよね…」
「でもそこまで考えてぶつけていただいたその想い、受け止めなければ失格だと思います」
頼子「…ありがとうございます」
「これは怪盗頼子さんの私への新たな挑戦状と受け取りました」
頼子「フフフ…探偵都さん…」
「この想いの追求は難航を極めるかも、迷宮入りするかもしれませんが…」
頼子「一緒に捜して…いただけるのですね」
「はい…私の想いもきっとその先にある気がします。その…私も突然でちょっと戸惑っていただけで…その…」
頼子「…はい?」
「ああ、もうっ!今日から調査しますから!聞き込みは毎日でもしますから、覚悟していてください!」
頼子「都…ちゃん?さっき、何か聞こえたような…」
「…頼子さん…」
頼子「えっ…?」
ぐいっ チュッ
都は頼子の顔を両手で横に向けて、その唇へと唇を押しつけた。
「…これを調査費用として受け取ることにします」
頼子「…分割払いでもいいでしょうか…フフフ」
「大歓迎しますよ…エヘヘ…」
その後何かを察していた隣の楽屋のマキノと椿に決定的場面を押さえられるのだが、それはまた先のお話…
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あとがき
飛神宮子です。
今月の百合百合枠2本目は、初登場のディテクティブヴァーサスです。
こんな他愛もないことでも一緒に親身にやってくれる人、だからこそこれから先も共に進んで行きたい人…
二人にとってお互いがそのような傍にいて欲しい人ということなのでしょうね。
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2017・09・30SAT
飛神宮子
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