ここは寮のある一室… |
風香 | 「もうそろそろですかー?」 |
沙織 | 「うんー。今持ってぐから、その机の上の電源入れといてくれぬが」 |
風香 | 「はい、この卓上のですよね?」 |
沙織 | 「それ買ってがらこういうのも楽になったなあ」 |
風香 | 「そうですね。卓上でも温かいまま食べられますからね…」 |
沙織 | 「んじゃ持ってぐから、気を付けてなあ」 |
沙織が流し台の方のIHコンロから卓上IHの方へと鍋を持ってきた。 |
沙織 | 「やっぱりこの時期は鍋だべなー」 |
風香 | 「温まりますし、野菜も多く食べられますね…」 |
沙織 | 「んだな。美味しぐ食べてえ元気さ貰わないと」 |
パカッ |
風香 | 「んっ…」 |
蓋を開けた湯気でメガネが曇る二人。 |
沙織 | 「メガネ曇ったの、そこのティッシュで拭いてもらえるか?」 |
風香 | 「え?どこで…」 |
沙織 | 「今わだすから、ちっとばか待つべさ」 |
沙織は手探りでティッシュを探して、まずは自身のメガネを拭いた。 |
沙織 | 「はあ、やっと見えるようになったべ。はい、風香さん」 |
風香 | 「ありがとうございます…ふうこれでやっと見えました」 |
沙織 | 「鍋の〆にうどん入れるけど、ご飯はそれでいいが?」 |
風香 | 「はい。美味しそうな寄せ鍋ですね」 |
沙織 | 「風香さんが寒い中で買って来てぐれて助かったべな」 |
風香 | 「ちょうど帰り道でしたし…それに作っていただけるんですから…」 |
沙織 | 「まあそんなこつ言っとらんで食べるか」 |
風香 | 「そうですね、煮過ぎると固くなるものもありますし」 |
沙織 | 「んだな、そんじゃあ…」 |
二人 | 『いただきます』 |
二人はようやく鍋を食べ始めた。 |
沙織 | 「だけんどやっぱり食べる時さコンタクトの方がいいんらすけな」 |
風香 | 「こういう鍋物だとそうかもしれないですね…。沙織さんのコンタクト、羨ましいです…」 |
沙織 | 「風香さんはコンタクトにしないべか?」 |
風香 | 「眼に入れるの…怖く無いですか?」 |
沙織 | 「もう慣れたのはあるけんど、最初の方さ怖かったぁ」 |
風香 | 「入れる勇気があるだけ凄いです…」 |
沙織 | 「風香さんの眼鏡外してるの、めんこいべさ」 |
風香 | 「そんなこと…ありがとうございます」 |
沙織 | 「でもな、外すと春菜さんがうるさいべ?」 |
風香 | 「初期メンバーなので不用意には外せないんです…」 |
沙織 | 「そんなら、この部屋でだけは素顔を見せて欲しいんだども」 |
風香 | 「えっ…?」 |
沙織 | 「この部屋だけは治外法権だすけ。風香さんの部屋でも外し辛いべ?」 |
風香 | 「そうなんです…同じ部屋の亜子ちゃんも仲間ですから…」 |
沙織 | 「ここぐらいなら、んなの気にしないでいいべさ。こごは春菜さんの目も届かないべな」 |
風香 | 「でも…」 |
沙織 | 「まあわだすも強要はすないから、風香さんの好きにしてな」 |
風香 | 「はい…」 |
沙織 | 「わだすは素顔の風香さんも好きらすけな」 |
風香 | 「えっ、それって…」 |
沙織 | 「あんな…わだす、こっちでこんだけ心許せる人、風香さんが初めてだ」 |
風香 | 「わ、私も…そうだと思います。沙織さんと一緒のユニットが組めて良かったです」 |
沙織 | 「そのな…風香さんはそう思ってないかもしれないけんど…」 |
風香 | 「………(これってもしかして…)」 |
沙織 | 「風香さんのこど、いづの間にか友達以上に想うようになってたんだ」 |
風香 | 「………(やっぱりそうでした…これが沙織さんの気持ち…)」 |
沙織 | 「気持ち悪いべか?そう思ってもらって全然構わないすけ」 |
風香 | 「………(ううん、そうじゃない…伝えなくちゃ…)」 |
沙織 | 「わだすとはもうこれっきりでいいわ。でも気持ちはどうしても伝えたがったんだ」 |
風香 | 「沙織さん…!」 |
沙織 | 「ふ、風香さん?!」 |
風香 | 「私の答を聞く前に逃げないで下さい…!」 |
沙織 | 「………(…こんな風香さん、初めてだ…)」 |
風香 | 「私の趣味は知ってますよね」 |
沙織 | 「風香さんの趣味…小説を書くだったか?」 |
風香 | 「こんな物語、私にも書けませんでした」 |
沙織 | 「………(次の言葉が怖いべさ…)」 |
風香 | 「でも…私も沙織さんのこと大切だと思っていますから…」 |
沙織 | 「風香さん…」 |
風香 | 「私の物語に沙織さんのページも加えさせてください」 |
沙織 | 「…わだすでいいのが?」 |
風香 | 「沙織さんだからです。これからも隣にいて欲しい人ですから…」 |
沙織 | 「んっ…素直になって、良がった…」 |
風香はコタツから一度出て、沙織の隣へと入り直した。 |
風香 | 「沙織さん…」 |
沙織 | 「風香さん…」 |
チュッ… |
二人の唇の行き先が気持ちの全てを物語っていた。 |
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それから少し後のこと… |
沙織 | 「んだども、わだすら…接吻しちゃったな」 |
風香 | 「沙織さんは嫌でした?」 |
沙織 | 「そんなのあるわけねえ。風香さんのなら何度でもしてほしいべさ」 |
風香 | 「私も沙織さんのなら何度でもいいですから」 |
沙織 | 「でもこの部屋でだけにするべ。節度は守らねえと」 |
風香 | 「はい…そうしましょう」 |
沙織 | 「あ、そろそろ〆のうどん持ってくるすけな」 |
風香 | 「お願いします、沙織さん」 |
……… |
風香 | 「沙織さん、沙織さん」 |
沙織 | 「何だべ?」 |
風香の指の先を見ると何やら土鍋の中のうどんの端を差していた。 |
沙織 | 「これを…何すればいいだ?」 |
風香 | 「そっちから食べてください」 |
沙織 | 「………分かったべ」 |
沙織がうどんを咥えると同時に反対側を咥えた風香。 |
風香 | 「………(少しずつ短くなって、沙織さんの顔が…)」 |
沙織 | 「………(風香さんも面白いことを考えるべな…)」 |
少しずつ互いの口の奥へと消えていく白き愛の一本線。そして… |
二人 | 『んっ…』 |
二人の唇は再び静かに、ただまた一つ確かなものを残していった… |