ここは金曜日夕方の寮のとある部屋の前… |
春菜 | 「すみません杉坂さん、またよろしくお願いします」 |
海 | 「大変だねえ…上条さん。また泣き付かれたの?」 |
春菜 | 「はい…部屋がもうどうにもならないと」 |
海 | 「あれ、前に行ったのは…それも頼まれたときだから3ヶ月くらい前?」 |
春菜 | 「たった1シーズンですよ。うちの千枝ちゃんも呆れちゃってます」 |
海 | 「明日には帰ってくるね?」 |
春菜 | 「一応そのつもりではいますけど…状況次第では日曜日になるかと」 |
海 | 「分かった…ま、頑張ってきな。千枝ちゃんの事は心配しなくていいからさ」 |
春菜 | 「ありがとうございます、よろしくお願いします」 |
バタンッ |
春菜はドアを閉じて一つため息を吐いた。ただ… |
春菜 | 「さて千枝ちゃんのことは頼んだので、館長に連絡したら行きましょうか…」 |
その表情はどことなく嫌がっている様子ではなかった。 |
……… |
ピンポーン |
比奈 | 「はぁい…」 |
ガチャンッ ガチャっ |
鍵を開けてドアを開けたのは… |
春菜 | 「玄関はまあ…いいですけどまた帰ってくるなりそんな格好してるんですか?」 |
比奈 | 「いやぁ、これが楽なんスよ」 |
春菜 | 「そうやってだらしない格好しているから、部屋もだらしなくなるんじゃないですか」 |
比奈 | 「むぅ…あ、立ち話も難だし入ってください、春菜ちゃん」 |
春菜 | 「勿論そのつもりで来たんですけど?荒木さん」 |
バタンッ ガチャンッ |
春菜は比奈の居室へと入っていった。 |
比奈 | 「今日は何時まで居られるんスか?」 |
春菜 | 「今日は泊まっても大丈夫です。寮は点呼ありませんし、それに許可ももらってます」 |
比奈 | 「…その手に持っているのは…」 |
春菜 | 「これは各種眼鏡と…お泊り用のセットですけど」 |
比奈 | 「…あー、アタシのために申し訳ないっス…」 |
春菜 | 「ま、まあとにかく今日は泊めてもらうつもりですからね」 |
比奈 | 「わかったっスけど…とても春菜ちゃんまで一緒に寝られる場所が…その…」 |
春菜 | 「そ、そんなに…」 |
比奈 | 「見てもらえればいいんですけど…」 |
春菜を居室兼作業場へと通した比奈。 |
春菜 | 「…前よりマシなレベル程度じゃないですかコレ…」 |
比奈 | 「ですよねー…」 |
春菜 | 「たった3ヶ月でどうしてこんなになるんですかーっ!」 |
比奈 | 「結局自堕落なところは治らなかったんスよね」 |
春菜 | 「分かりました。今日はとりあえず、片付けられる場所だけ片付けましょう」 |
比奈 | 「お世話になります、春菜ちゃん」 |
春菜 | 「本格的な掃除は明日にしましょう、この部屋と台所くらいですよね?比奈ちゃん」 |
比奈 | 「そうなりますね…いやー、〆切もようやく片付いていざやろうとしたんスけど…」 |
春菜 | 「…はあ…(どうして私…)」 |
比奈 | 「どこから手を付けたらいいか分からなくて…」 |
春菜 | 「とりあえず今は私達が二人で寝られるだけのスペースを作ります」 |
比奈 | 「はい…分かったっス」 |
春菜 | 「さてと、掃除用の眼鏡は…コレっと」 |
比奈 | 「…よっと、あれ?前のと違うじゃないスか」 |
春菜 | 「前の眼鏡はちょっと再調整が必要でして…これはこっち…今日のは予備用の方ですから」 |
比奈 | 「あ、春菜ちゃんそれはこっちの棚に入れるんで」 |
春菜 | 「はい、比奈ちゃん。本当に洗濯物とかも脱ぎっ放しだなんて…」 |
比奈 | 「この部屋着以外は家にいると着ないっスからね」 |
春菜 | 「えっとこれとこれとこれと…今洗濯機に全部入れてきます」 |
比奈 | 「洗濯はお風呂の時に回すんでそのまま入れといてください」 |
春菜 | 「はい………」 |
……… |
2時間後… |
春菜 | 「これでとりあえずベッドで寝られて食事も摂れますね」 |
比奈 | 「これだけでも随分と掛かっちゃったっスね」 |
春菜 | 「日頃からちゃんとしていれば、こうはならないんですよ」 |
比奈 | 「年下の春菜ちゃんに言われると…面目ない」 |
春菜 | 「さてお風呂入りましょうか。さすがに汚れたまま寝るわけにもいきませんから」 |
比奈 | 「それなら春菜ちゃん先入ってください。アタシは食事の準備するんで」 |
春菜 | 「へ?」 |
比奈 | 「え?」 |
春菜 | 「一緒でいいじゃないですか。まとめて入った方が節約できますし」 |
比奈 | 「春菜ちゃんはそれでいいんスか?アタシはいいスけど…」 |
春菜 | 「…だってもう比奈ちゃんには私の全部を見られちゃってますし…そんなに気にはしませんけど…」 |
比奈 | 「それならまた今日も今後の参考にさせてもらうスよ」 |
春菜 | 「ここに来た時からその覚悟はできてます」 |
比奈 | 「じゃあ膳は急げっス。お風呂行きましょう」 |
……… |
比奈 | 「やっぱり春菜ちゃんみたいな十代の肌が羨ましいっスよ」 |
春菜 | 「比奈ちゃんも綺麗じゃないですか。とても二十歳とは思えませんよ」 |
お風呂の二人。春菜は洗い場で身体を洗い、比奈は浴槽へと浸かっている。 |
比奈 | 「お世辞でも嬉しいっス。いやー本当に春菜ちゃん今日はありがとうございました」 |
春菜 | 「どういたしましてです。明日も掃除やりますけどね」 |
比奈 | 「そうっスけどね…」 |
春菜 | 「はあ…」 |
比奈 | 「さっきもため息してなかったスか」 |
春菜 | 「たぶんその時と同じ気持ちだと思います」 |
比奈 | 「同じ?」 |
春菜 | 「どうしてこんなずぼらな人を私は好きになっちゃったのかって…思ったんです」 |
比奈 | 「…アタシ、春菜ちゃんにとって迷惑だったっスか?」 |
春菜 | 「いえ、迷惑とかじゃないですよ。迷惑だったらこんな風に来たりはしません」 |
比奈 | 「春菜ちゃん…」 |
春菜 | 「それ以上に比奈ちゃんの魅力的なところは、いっぱい知ってますからね」 |
比奈 | 「………」 |
春菜 | 「比奈ちゃん?」 |
比奈 | 「いや、何かありがたいなって。こんなアタシを好きになってくれる人がいてくれて」 |
春菜 | 「…違います」 |
比奈 | 「違う?」 |
春菜 | 「私はこの比奈ちゃんだからこそ好きになったんです」 |
比奈 | 「…春菜ちゃん…アタシも春菜ちゃんのこと大好きっスよ」 |
春菜 | 「はい…」 |
比奈 | 「その眼鏡の向こうからこれからもアタシを見続けて欲しいっス」 |
春菜 | 「…比奈ちゃん…っ!」 |
チュッ… |
バスタブのこちら側と向こう側、その唇はしっかりと二人の愛を繋ぎとめる… |