とある休前日の夜、寮の珠美の部屋… |
あやめ | 「出てしまいましたな、珠美殿」 |
珠美 | 「こうして現物を見ると少し気恥しいというか…」 |
あやめ | 「この表紙の写真を撮ったのもあの時ですから、もう1年前ですね」 |
珠美とあやめの二人は先日出たCDを手にしていた。 |
珠美 | 「懐かしいです。歌鈴殿のお知り合いの所で撮影したんでしたね」 |
あやめ | 「あの桜は圧巻でした。その中で撮影できたあやめ達は幸せ者です」 |
珠美 | 「それから時間は経ちましたが、あらためてこうして現物を見ると…感慨深いです」 |
あやめ | 「珠美殿はCDはこちらが初でしたかな?」 |
珠美 | 「何枚かありますが表紙に出たものは初ですよ。あやめ殿はどうです?」 |
あやめ | 「あやめも秋の季節CDくらいで、表紙は初です」 |
珠美 | 「そうでしたか。そうなるとお互いにこう写し出されるのは初なんですね」 |
あやめ | 「そういうことになりますか」 |
珠美 | 「このあやめ殿、緑の袴の横顔がどことなく凛々しくて…とても綺麗ですね」 |
あやめ | 「珠美殿こそ、紫色の袴でこの桜を見ている表情が何とも…素敵です」 |
珠美 | 「ありがとうございます。袴は剣道で割と着慣れてはいましたけど、こう衣装だとまた違うものがありました」 |
あやめ | 「あやめは和装は好きなのですが、忍者装束が主ですから」 |
珠美 | 「あはは…珠美達の歳で袴というと、剣道やなぎなたなどの武術や弓道や書道くらいでしょうか」 |
あやめ | 「そういえば水野殿も寮でたまに着ていますね」 |
珠美 | 「そうですね。確か精神統一し易いとか言ってましたか」 |
あやめ | 「なるほど…」 |
珠美 | 「あやめ殿は書道の時など着ないのですか?」 |
あやめ | 「書道で着るのはパフォーマンス的な時の物ですから。例えば千鶴殿が着ていましたか」 |
珠美 | 「あー、グラビアで着てましたね。大きい書物を書かれていました」 |
あやめ | 「あやめは着ても着物でしょうか。あやめの場合は趣味の域を出るものではありませんから」 |
珠美 | 「そうですか…」 |
あやめ | 「あと袴を着られたのは、大正ロマンのグラビアでしたかな」 |
珠美 | 「ありましたねー、あれはぜひ選ばれたかったです」 |
あやめ | 「皆さん本当に似合っておられて、さすがはアイドルでした」 |
珠美 | 「塩見殿なんかさすがは京都の老舗和菓子屋の娘でしたね」 |
あやめ | 「はい…着慣れているというか、まるで長く着ていたかのような佇まいで…」 |
珠美 | 「和菓子屋というと…このもう一曲のキミのそばでずっとの時の衣装も良かったですね」 |
あやめ | 「あの時のあやめは町娘風の和装でした」 |
珠美 | 「あれももう前の話になるんですね。あの時の松永殿に恋するあやめ殿が…」 |
あやめ | 「あやめが…どうかしましたか?」 |
珠美 | 「いえ、役の上とはいえ松永殿に嫉妬してしまったと言いますか…」 |
あやめ | 「もう…」 |
ぎゅっ |
あやめはそっと珠美の肩を抱き寄せた。 |
あやめ | 「あやめの恋する人は、珠美殿だけですよ」 |
珠美 | 「あやめ殿…」 |
あやめ | 「ただあの時はやはり松永さまに惚れてしまいましたよ」 |
珠美 | 「もー、珠美だって剣士なんですぞ!…と言いたいところですが…」 |
あやめ | 「分かりますか?」 |
珠美 | 「珠美もあの凛々しい松永殿のお姿には、少しほの字になりました」 |
あやめ | 「歌鈴殿もポーっとされてましたからね」 |
珠美 | 「でも…」 |
ちゅっ |
珠美 | 「浮気はダメですぞ、あやめ殿」 |
あやめ | 「分かってます。あれはあくまでドラマの中のお話ですから」 |
珠美 | 「本当ですか?」 |
あやめ | 「本当です。ここまで肩を寄せている人を信用できませんか?」 |
珠美 | 「冗談です。この温もりを信じないなんて人でなしになってしまいます」 |
あやめ | 「これからもずっと…ですよ」 |
珠美 | 「そうですね…」 |
二人の間にゆったりとした時間が流れていく… |
あやめ | 「あ、そういえばこのCDは聴かれました?」 |
珠美 | 「はい。再生する機器自体は持っていませんでしたが、巴殿が持っていたのでそちらで聴きました」 |
あやめ | 「確かに巴殿は持ってそうでしたね」 |
珠美 | 「演歌はカセットテープやCDもまだ発売が多いそうなので、その手の再生機器は必須だそうです」 |
あやめ | 「ならばあやめもそちらで聴いてみることにします」 |
珠美 | 「それなら心配はいりません。プロデューサー殿に連絡したら、事務所の物を別に貸していただきました」 |
あやめ | 「珠美殿さすがです」 |
珠美 | 「今持ってきます」 |
珠美は寝室に一度戻りCDラジカセを持って戻ってきた。 |
……… |
あやめ | 「いやぁ…つい歌ってしまいました、珠美殿」 |
珠美 | 「寮の居室が吸音で良かったです。あやめ殿は実に気持ちよさそうに歌ってました」 |
あやめ | 「そうでしたか?自分では分かりませんでした」 |
珠美 | 「ここでもう一度行きますか?」 |
あやめ | 「いやいやさすがにこちらでは、他の人も来ますから」 |
珠美 | 「確かに何人かおりますが、そう迷惑にはなりませんよ」 |
ここは寮の大浴場。二人は湯船に浸かっていた。 |
珠美 | 「ですよね、たぶんそこにいるのは周子殿と紗枝殿じゃないですか?」 |
紗枝 | 「その声は珠美はんとあやめはん?」 |
周子 | 「紗枝はん、気付いてなかったんかーい」 |
珠美 | 「はい、その髪と隣の人の髪でそうかなって思ってました」 |
あやめ | 「珠美殿の観察眼は素晴らしいですね」 |
珠美 | 「それにそちらの洗い場の方は、芳乃殿と朋殿ではないですか?」 |
芳乃 | 「あやめ殿にー珠美殿ー、さっきの話はもしやー」 |
朋 | 「あー、アタシも一度生で聴いてみたいって思ってたのよね」 |
芳乃 | 「そうですなー、しかしここには歌鈴殿がー」 |
そこに… |
ガラガラガラ ピシャンっ |
歌鈴 | 「あれ?みんな揃って、ど、どうしたんでつ…ですか?」 |
あやめ | 「歌鈴殿!ちょうどいい所に!」 |
珠美 | 「歌鈴殿がいいタイミングで来られるとは…」 |
歌鈴 | 「あの、何の話でしょうか…?」 |
紗枝 | 「歌鈴はん、春霞が全員揃たんどすよ」 |
芳乃 | 「ここはー、声が良く響く場所なのですー」 |
歌鈴 | 「あ、は、はいっ!分かりまひた。…その前にちょっとお風呂浸かってもいいですか?」 |
珠美 | 「そうですな、まだまだ裸では寒い時期ですし」 |
歌鈴 | 「桶を置いてっと…わわっ!」 |
周子 | 「おっと。歌鈴はん、相変わらずやねー」 |
歌鈴 | 「周子さんありがとうございまつ…お風呂は特に注意してるんですけど…」 |
朋 | 「さってと、アタシ達ももう一度湯船に戻ろっか、芳乃ちゃん」 |
芳乃 | 「はいー」 |
周子 | 「紗枝はーん、先入ってるよー」 |
紗枝 | 「はーい、私も今行きますえー」 |
寮の大浴場に、桜の頃が響き渡る頃…その外の木にも今が桜の頃と言いたそうに咲き乱れていた… |