3月上旬のある日の自主レッスン用のレッスン場… |
キュッキュキュッ…キュキュキュッキュキュッ |
そこに響く二つのシューズ音と… |
?・? | 「「♪〜」」 |
二つの歌声。 |
?・? | 「「〜〜〜♪」」 |
〜♪ |
曲が終わって、その二人も振りを決めて互いを視合った。 |
忍 | 「ふう……はあはあ……」 |
穂乃香 | 「だ……大丈夫ですか?……んんーっ……忍ちゃんっ」 |
忍 | 「大丈夫だよ、穂乃香ちゃん……ふう……だいぶキツかったけど……」 |
穂乃香 | 「キツいのは当然ですよ」 |
忍 | 「え?どうして……」 |
穂乃香 | 「だって……」 |
その穂乃香の視線は忍の足元へと向いていた。 |
忍 | 「あっ……」 |
穂乃香 | 「そのシューズ、もう長いですよね?」 |
忍の右足には鳩目の部分が一か所破れていたシューズが付いていた。 |
忍 | 「あー、うん。ついに限界かあ、本当に2・3ヶ月で一足ダメになっちゃうなあ」 |
穂乃香 | 「そうですね。この世界に入ってからどれくらい履き潰したでしょうか」 |
忍 | 「穂乃香ちゃんは踊りの基礎的な部分が出来てるから、そうでもないんじゃないの?」 |
穂乃香 | 「そんなことないです。確かにもう少しくらいはペースが遅いかもですけど」 |
忍 | 「アタシなんてダンスなんか、学校で習ったくらいのレベルだから……」 |
穂乃香 | 「忍ちゃんが本格的に始めたのは事務所に入ってからでしたっけ」 |
忍 | 「だから人一倍やらないとってのもあってさ。だから早く傷んじゃうんだよね」 |
穂乃香 | 「でも私もバレエとは違うこういうダンスはここに入ってからですから……」 |
忍 | 「それもそっか。リズムとかテンポとかも全然違うし」 |
穂乃香 | 「オペレッタとかで歌をやることがあっても、あくまでダンスがメインでしたから」 |
忍 | 「歌もダンスも基礎がある人以外はみんな素人だったんだよね。あずきちゃんや柚ちゃんもだってさ」 |
穂乃香 | 「そうですね……」 |
忍 | 「ユニットになってからはデビューまでみんなでしごかれたっけ」 |
穂乃香 | 「麗さんの地獄の特訓……今となっては懐かしいです」 |
忍 | 「あまりに辛くてみんなでボロ泣きしたんだよね」 |
穂乃香 | 「私は……泣いてませんよ?」 |
忍 | 「そうだったっけ?何かどこかで見た気がしたんだけど」 |
穂乃香 | 「少なくとも三人が見てる前では……見てました?」 |
忍 | 「何か引っかかってて……思い出したっ、休憩の時に合宿所の窓から下の方見た時だ」 |
穂乃香 | 「見てたんですかっ?最年長なのでみんなの前では泣き顔や弱い所を見せないようにって思ってて」 |
忍 | 「そっか……でもアタシはそれを見て、穂乃香ちゃんも強くないって分かったんだよ」 |
穂乃香 | 「忍ちゃん……」 |
忍 | 「ユニットなんだからアタシ達からも支え合おうって思ったんだ」 |
穂乃香 | 「そういえば特訓合宿の途中から、特に忍ちゃんが私に色々言ってくれるようになりましたよね」 |
忍 | 「次に年上だったのがアタシだったからね、それに……」 |
穂乃香 | 「……それに?」 |
忍 | 「アタシと穂乃香ちゃんがこのユニットの始まりでしょ」 |
穂乃香 | 「あっ……」 |
忍 | 「このフリルドスクエアも元はと言えばアタシ達二人のユニット名だったんだよね」 |
穂乃香 | 「クレーンゲームが切欠で忍ちゃんと交流が出来て、それからプロデューサーがユニットにしようかって言ってくれて……」 |
忍 | 「最初は戸惑ったりもあったけど、あの頃は当然かな」 |
穂乃香 | 「そうですね。お互いまだ尖っている感じでした」 |
忍 | 「なかなか燻ってて、ちょっとこのアイドル活動を焦ってたのもあったんだ」 |
穂乃香 | 「あの頃はプロデューサーともよく言い合ってましたね」 |
忍 | 「スケジュールとかプランとか、今思うとホント若気の至りだなあ」 |
穂乃香 | 「でもお互い東北出身で忍耐強いのは一緒でした」 |
忍 | 「その分意固地だったかも。アタシのアイドルの始まりで分かるよね?」 |
穂乃香 | 「フフフ、そうでしたね。良く言えば信念を曲げない、お互いそんな性格でしたから」 |
忍 | 「切磋琢磨して、ぶつかり合ったりもしたけどその分仲良くなれた気がする」 |
穂乃香 | 「それから柚ちゃんとの三角形、さらにあずきちゃんとの四角形になって……」 |
忍 | 「アタシ達に無い部分を加えてくれたよね。角ばった所を失くしてくれたっていうかさ」 |
穂乃香 | 「分かります。四人になって私達も柔らかくなったって言われましたし」 |
忍 | 「本当に柚ちゃんやあずきちゃんには感謝だね」 |
穂乃香 | 「ユニットへの加入を決めてくれたプロデューサーにも感謝です」 |
忍 | 「柚ちゃんやあずきちゃんなら、きっとアタシ達を良くしてくれるって思ったんだろうからね」 |
穂乃香 | 「……何だか思い出話をしちゃいましたね」 |
忍 | 「良いんじゃないかな、このシューズのままじゃもうこの前のレッスンの復習は出来ないし」 |
穂乃香 | 「……あっ!」 |
忍 | 「どうしたの?」 |
穂乃香 | 「この後って空いてますか?」 |
忍 | 「この後?今日はお仕事は無いから空いてるけど……どうしたの?」 |
穂乃香 | 「シューズ、一緒に買いに行きません?」 |
忍 | 「土日に間に合わせないと次のレッスンできないし……そうだね、行こっか」 |
穂乃香 | 「それから……」 |
忍 | 「それから?」 |
穂乃香 | 「今日の夕食は楽しみにしていてくださいね」 |
忍 | 「あ、だから今日の夕食は要らないって言ってくれてたんだ」 |
穂乃香 | 「せっかくの忍ちゃんの誕生日ですから」 |
忍 | 「朝から寮の部屋で準備してたのってそれ?」 |
穂乃香 | 「はい……五十嵐さんに教わったのを、あとは帰って仕上げるだけにしてきたんです」 |
忍 | 「そっか……ありがと」 |
穂乃香 | 「夕方までどう時間を使おうか考えてたら、忍ちゃんが一緒に自主レッスンしようって言ってくれて」 |
忍 | 「今度の曲の完成度上げておきたかったのはアタシも穂乃香ちゃんも一緒でしょ?」 |
穂乃香 | 「そうですね。今回の曲はステップから複雑で大変でしたから」 |
忍 | 「お互いテスト明けの休みでちょうど良かったし、このレッスン場が取れたから誘っただけなんだけどね」 |
穂乃香 | 「そういえばあずきちゃん達はどうしたんですか?」 |
忍 | 「予定聞いたら、明日まで補習というか授業の出席が足りなかったのをやるんだって」 |
穂乃香 | 「この前のスキー場ロケの……忍ちゃんは大丈夫でした?」 |
忍 | 「アタシはテストの日の午後にレポートを書いて提出で出席扱いにしてもらったよ。穂乃香ちゃんは?」 |
穂乃香 | 「私はテストの日の午後に先生に時間を取っていただいて、実技を行って出席扱いを貰いました」 |
忍 | 「お互いに普段の成績が一定以上取れてて良かったね」 |
穂乃香 | 「はい、ということは……」 |
忍 | 「柚ちゃん達二人ともそうなんだってさ……」 |
穂乃香 | 「……そうですか……」 |
二人ともすっかり呆れ顔である。 |
忍 | 「まあその話は土曜日にゆっくり聞こっか」 |
穂乃香 | 「そうですね、ラジオ後に寮であらためて忍ちゃんの誕生日会をやりますから」 |
忍 | 「そっちも楽しみにしてるよ」 |
穂乃香 | 「はい、ケーキはそっちの時に四人で一緒に食べましょう」 |
忍 | 「うん。さて……っと、そろそろここの貸し時間終わりだから片付けよっか」 |
穂乃香 | 「そうですね。片付けてシャワーを浴びたらシューズ買いに行きましょう」 |
その後、寒さが緩んだ気温の中、とある靴屋でシューズを選ぶ穂乃香と忍の姿があったという……… |