Vestigial Snow(なごり雪)

ここは潦家のお風呂の浴槽の中…
「何だか寒いね、にわちゃん」
「そうね、七瀬」
ピトンッ
天井から冷えた湯気が落ちて来る。
「んっ!」
「七瀬、大丈夫?」
「大丈夫ですよ、ちょっと驚いただけですから」
「でもまさかねえ…七瀬から電話があった時は驚いたわよ」
「ごめんねにわちゃん、お母さんまで急な用事で居なくなっちゃうなんて私も聞いてなかったから」
「でも、私が七瀬の家に行っても良かったんじゃない?」
「たまにはいいじゃないですか」
「まあうちには人数分の蒲団はあるから、いつ来ても構わないけどね」
「それに最近、物騒だからお母さんも心配したんだと思います」
そもそも何があったのか。
今は春休み、真紀子と多汰美は帰省中だ。そこに幸江へと急な用事が入ったのである。
「しっかし、急に呼ばれるなんてどうしたのかしらね?」
「分かりませんけど、『忘れてたわ』って言ってましたよ」
「何か予定があったのを忘れてたってことか…はぁ…」
「たぶんそうですねえ…ふぅ…」
「そういえば七瀬がうちに来るのっていつ振りだったっけ?」
「2月のバレンタインくらいじゃなかったですか?」
「あー、そうだったそうだった。あれ美味しかった?」
「もう…にわちゃん、私になら最初からそう言って欲しかったです」
「あによ、一緒に作ってるときからドキドキだったんだから」
「でも美味しかったですよ。自分が手伝ったからちょっと複雑でしたけどね」
「ゴメンゴメン…って、そろそろ一旦上がって身体洗おうか」
「そうですね」
ザブンっ ザパンっ
二人は浸かっていた湯船から出た。
「まずは…ってあいかわらずこの髪の毛は凄いわ」
「大切にしてますから。にわちゃんもこれくらい伸ばしてみたら?」
「そんなにしたら大変じゃない。こういうのは人のを見るのがちょうどいいのかもね」
「そうですねえ…」
「まずはこの髪から洗うか…シャンプー足りるかなあ?」
「あ、足りなかったら明日にでも一緒に…」
「ううん、いいの。母さんたちの会社からいくらでも貰えるから」
「何だかゴメンね」
「謝らなくてもいいのに。じゃあ一回シャワー掛けるわよ」
シャーーーーー
八重と景子の髪の毛へとシャワーの水が吸われていく。
「ふう…」
「じゃあシャンプーいくわね」
キュッキュッキュッ トーーーーー
ボトルのキャップを外して中身を直接八重の髪へと注いでいく景子。
「こんなくらいでいいわね、じゃあ私も」
キュッキュッキュッ シャコッシャコッシャコッ
ボトルを締め直して自身へもシャンプーを付けた。
ワッシャワッシャワッシャ ワシャワシャワシャ
そして向かい合って洗い始めた二人。
「ねえ七瀬」
「何ですか?にわちゃん」
「今日の麻婆豆腐、前より美味しかったけど何か入れた?」
「いつもと同じ作り方のはずですよ」
「そう?でも前と少し味が違ってた気がする」
「でも調味料の味が違うからかもしれませんねえ」
「なるほど、そういうことね」
「にわちゃんにとっての普段の調味料だから、それが合ってるのかもしれませんし」
「そうか…」
「それに…」
「それに?」
「にわちゃんのためだけに作りましたから…ね」
「もう…」
ぎゅうっ
景子は思わず向かいに居た八重の身体を抱きしめた。
「に、にわちゃんっ!?」
「七瀬はすぐ嬉しいこと言うんだから」
「でも本当のことですし」
「その本当のことが、私には嬉しいの」
「そう言われると嬉しくてもっとやりたくなっちゃいますねえ。明日の朝も楽しみにしててくださいね」
「うん。楽しみにしとく」
「それで今日って私はどこで寝ればいいの?」
「うーん、母さんたちも研究所で居ないし…どこでもいいけど」
「もうそんなこと言って…離さないじゃないですか」
「いいの?」
「やっぱりまた私、抱き枕にされちゃうんですか?」
「一緒に寝るとそうなるんじゃない?」
「でも、にわちゃんの身体温かいから…今日は一緒にね」
「まあ今日は寒いし、一緒に寝た方が良いわよね」
「確かに今日は寒いですねえ」
「急に冷え込んだみたいだから、花見はもう少し後にする?」
「まだしばらく満開までかかりそうですし、にわちゃんは1週間後になっても大丈夫?」
「たぶん何も入ってないからOKかな」
「じゃあそうしますね。それにしてもこんなに寒いと、何か外で降ってる気がするんですけどねえ」
「その割に雨音は聞こえないじゃない」
「だとすると…」
………
ガーーーーーーー
先に上がって髪を乾かし終わった景子に、ベッドのそばで髪を乾かしてもらっている八重。
「やっぱり…降ってたんですね、にわちゃん」
「この時期に雪だなんて、明日は雪でも降るんじゃない?」
「今降ってるじゃないですかもう」
「アハハ、そうね」
「なごり雪…なのでしょうか」
「確かにもうこれで今年も最後かも」
「もう…春は目の前ですね」
「…私、七瀬を選んで良かった」
「え…?」
「あの調理実習、誰と一緒でも良かったんだ」
「そうだったんですか?」
「でも七瀬はあんな私を受け入れて、私の心を溶かしてくれた」
「にわちゃん…」
「こうして同じ時を一緒に居てくれる友達がいる。それだけで私、幸せ」
「もう…にわちゃんったら、ちょっといいですか?」
「ちょっと?んぐっ!」
チュウッッッ
不意に八重から景子に重ねられる唇。
「ふう…にわちゃん、もうそれ以上言わなくても分かってるから…」
「七瀬…ありがとう七瀬…」
「それじゃあもう乾いたみたいですし、ドライヤー片付けてゆっくり…ね」
「…そうね。片付けて来るから先にベッドに入ってて」
外は細雪が降り続く中、いつの間にか二人の少女は一つのベッドの中で揃って寝息を立てていた…
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あとがき
久々の4コママンガ題材SS、トリコロで書くのも2年ぶりです。
久々に書いたので言葉遣いが若干怪しいですが…。
書く題材はタイトルの通り決まっていたのですが、どの作品で書くかを迷いましてね。
二人きり…だからこそですね。
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2010・03・30TUE
観飛都古
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