Bell Tone(鈴の音色)
「立川様からのお届け物です」
「お、ちょうど良かった」
ここはとある夏のこみパ会場、和樹はいつものように立川さんからの荷物を受け取っていた。
「立川様に何かお届けする物はありますか?」
「えっと…前の本の訂正版のこれをお願いできるかな?」
「はい、確かに承りました」
「あ、あとこれもお願いできる?」
「この封筒は…何でしょう?」
「いいからいいからさ、届けたらすぐに開けるようにって」
「はあ…分かりました。それではお届けしておきます」
………
翌日…
「そういうことなのですが…」
「はい、分かりました。何なのかなあ…?」
郁美は受け取った封筒を開けた。
「何だろ?これって…」
「それでは私はこれで失礼しま…」
「ちょっと待って風見さん、これ…私は興味無いし使って」
「ええっ?」
と、鈴香が受け取ったのは…
「バイクの展示会のチケット…?」
「どうしたのかな?確かに私のことは殆どメールとかで言ってないけど…」
「これは本当に頂いてよろしいのでしょうか?」
「うん、自由に使って。今度の休みに行ったらどうです?」
「そうですね…今度の土曜日にでも行ってみます」
「それでは、今日はありがとうございました」
「こちらこそ本当にありがとうございました、それでは失礼します」
心無しか鈴香の目は嬉しそうであった。
バタンっ
鈴香が出たのを見計らってから、昨日兄に買ってもらった同人誌を読みながらパソコンに向かう郁美。
「奥手なんだな…千堂さんって」
そのままメールを打ち始める郁美。そこには…
『訂正刊受け取りました。/これだけ少ないならシールとかでも良かったと思いますが…/でもこだわり方は間違ってないと思います。/新刊も読ませていただきましたが、そちらも良かったと思います。/では、次回作も期待しております。』
と、ここまではいたって普通であった…が、
『追伸/風見さんの件は手紙の通りに遂行いたしました。/とても喜んでましたよ。/土曜日に行かれるそうです。/それにしても奥手なんですね千堂さんって。/今日の件は貸しにしますね。/○年×月□日 立川』
「これでいいかな?送信っと」
カチッ
「ふふっ、今度何かしてもらわなくっちゃ」
郁美は改めて同封の手紙を読みつつ含み笑いをした。
………
その夜…
「さてっと、おっ立川さんから来てるな」
パソコンの画面に見入る和樹。
「土曜日か…うっ、見抜かれたか…まあいいや、今度何かを送ろう」
メールの内容を確認した後に…
「さて、土曜日に出来ない分、明日から多めにやらないとだな」
和樹は早速新刊の製作に取り掛かった…
………
その土曜日、会場にて…
「あれ?風見さん、こんなところで偶然ですね」
「…ええっ!?千堂さんっ!?」
鈴香はふいに声を掛けられて驚いている。
「何かいつもと少し違う格好だから、最初は分からなかったですよ」
「そ…そうですか?」
鈴香はいつもの制服ではなく、ジーパンにTシャツとラフな服装であった。
「で、千堂さんがどうして居るんですか?」
「友達に券を貰ったからね、一枚はこの前の立川さんへの封筒に入れといたやつだけど」
「実はそれを戴いてきたんですが…」
「なるほどね(まあ知ってたけどさ)、もう見て回った?」
「いえ、全然ですが。千堂さんの方こそどうなんです?」
「俺もまだだけど?」
「それなら一緒に回りますか?」
「えっそうだな…そうしようか」
「良かったです。一人だとちょっと怖かったので」
「確かにこれだけ人が居るからね」
さすがは大きな展示会、人の数も半端ではない。
「それに俺もそこまで知識は無いしなあ、風見さんは?」
「多少は興味はありますので、千堂さんよりはあるとは思いますが」
「だからそういう人が居た方が面白いかなって」
「ですね。それじゃ行きましょうか」
「うん」
………
一通り会場を見て出てきた二人。
「どうだった?風見さん」
「色々見れて良かったです。新しいのがもう一台欲しくなりました」
「何だか楽しそうだったからね、いつもと少し違う面が見れた気がするよ」
「え…せ…千堂さん…」
少し顔を赤らめる鈴香
「あれ?どうしたの?少し顔が紅いけど」
「別に何でもないです。ただ…」
「ん?」
「そういうことは言われ慣れてないんで、それに…」
「それに?」
「こうやって男の人と過ごすことなんて無かったですから」
「そうなんだ。え?じゃあ今まで恋人とかは居なかったの?」
「な、え…それはご想像にお任せします」
「まあ深くまで詮索するつもりは無いよ」
「そうしてくれれば助かります。あ、そういえばこれから予定はあります?」
「ん?いいや、特に無いけど?」
「もうお昼も過ぎましたし、良かったら一緒にご飯行きません?」
「え?あ、もうそんな時間なのか。俺はいいけど、俺となんかでいいの?」
「別に構いません。一人ではつまらないですから」
「でもいつもは運送してるから、一人で食べてるんでしょ?」
「そうですが、やはりつまらないですし寂しいものですよ」
「だろうね。で、どこ行くの?」
「私がいつも行ってる定食屋でいいですか?」
「かまわないよ…ってどうやって行くつもり?」
「私は乗ってきたバイクがありますが…千堂さんは?」
「俺はここまで電車で来たんだけど…」
「…ちょっと待ってて下さい」
と、会場内に戻る鈴香。しばらくして戻ってきた鈴香の手には…
「はい、千堂さん。これがあればいいですよね?」
「俺のために買ってきたの?」
「一緒に行かないと場所が複雑ですから。さ、行きましょう」
「これのお金は…いいの?」
「いいんです、これのチケットをもらったお礼ですから」
「それならいいけどさ」
「早く行きましょう、後ろでしっかりつかまってて下さいね」
「あ、うん」
二人はそのまま会場を後にした。
………
「風見さん、何km出てるの?これ」
「え?50kmしか出てないですよ」
「バイクだとこんな感じなんだ」
「私はいつも乗ってるんで気にしないですが、そう感じます?」
「うん。あとどれくらいで着くの?」
「あと5分くらいで着きますから、しっかりつかまってて下さいね」
………
「いらっしゃいませ、あれ?鈴香ちゃん、今日は非番じゃなかったの?」
「あ、こんにちは。ちょっと今日は出かけてたんです」
「おや、そっちの連れは誰だい?」
「知り合いの千堂さんです。今日ちょっとお世話になったんで一緒にご飯を食べようかと思って」
「へえ、でも鈴香ちゃんが会社の人以外の男の人を連れてくるなんて初めてだねえ」
「そ、そんな…。お、お姉さん、いつもの2つで…」
少ししどろもどろになる鈴香、顔もどことなく紅くなっている。
「はい、兄ちゃんの方はサービスしとくよ」
「いつもこんな所でご飯食べてるんだ」
「はい、時間が取れるときには、こういうところでゆっくり食べることにしてるんです」
「それでいつものって何のことなの?」
「日替わりですがその日一番の物を出してくれるんです」
「へー…ってことはかなりの常連なんだ。親しく話してたし」
「そうですね、もう数年来ですから」
と、
「お待ちどうさま、今日は麻婆茄子定食だよ」
「あ、ありがとうございます」
「はい、こっちが鈴香ちゃん、こっちは兄ちゃんのね。あと…」
トンッ
「これはおまけね、二人で食べてね」
と、出されたのは杏仁豆腐。容器は一つでスプーンは二つ…
「…食べましょう、千堂さん」
「そうだね、風見さん」
「いやー、美味しかった」
「ですけど…」
2人の定食が乗っていたお盆は既に下げられている。
「食べよう、せっかく出されたんだし」
「そうですが、何だか恥ずかしくて…」
と、鈴香の口元に…
「ほい、風見さん」
「ちょ、ちょっと千堂さん!?」
「いや、恥ずかしいって言ってたから食べさせてあげようと思ったんだけど」
「その方が余計に恥ずかしいですっ!」
鈴香の顔はいつもの鈴香とは思えないほど紅くなっていた。
「それじゃあ…」
ぱくっ
和樹が諦めて引っ込めようとしたスプーンに鈴香は喰い付いた。
「でも、こうやって食べさせてもらうのも悪くはないです」
「…風見さん…」
「どうしたんです?千堂さん」
「いや、いきなりそう来るとは思わなくて、少しびっくりしただけ」
「でも、本当に美味しいですよ」
と、今度は鈴香の方が和樹へと差し出した。
「え?あ、うん」
ぱくっ
「確かに、これは美味しいな」
…と、
「あらあらお暑いこと、何だかんだ言ったところで、ねえ」
「お姉さんっ!…でもこういうのも悪くは無いですね」
「えっ…?」
「こういうことは今までしたことがありませんでしたから」
「そうなんだ…ということは今まで恋人とかは居なかったんだ」
「う…そうですけど…いいじゃないですか、そんなこと」
「確かにね。こんなこと詮索してもしょうがないし」
「千堂さんこそどうなんです?」
「俺?昔は居たけどさ、今は居ないよ」
「高瀬さん…ですね?」
「…まあ幼馴染だったしさ、でももう友達に戻ったよ」
「…これ以上は詮索はしない方がいいですよね?」
「ま、いいんだけどね。でも今日は面白かった?」
「はい、本当に楽しめました」
「良かった、立川さんにお願いしただけはあったよ」
「…えっ…?」
「あっ……」
「もしかして私が貰った立川さんのって…千堂さんが全てを仕組んで…?」
「もうバレたなら言ってもいいか、そ・そうだよ」
「でも…どうして…?」
「そんなの簡単だよ。風見さんがその…」
「えっ…?」
「好きになったんだ、風見さんのことが」
「そんな…私なんか…どうして…?」
「どうしてかは分からないよ…でも好きになってしまった、それだけなんだ」
「…え…私は…どうすればいいんでしょう…?」
「一つだけ言ってくれればいいよ。こんな俺をどう思うかだけだから」
「…千堂さんのこと、今まで意識したことなんて…ありませんでした。でも、今日こうして一緒に過ごしてたら…」
「………」
「毎回他の人でもいいはずなのに、私が自発的に千堂さんの担当になってたのはどうしてなんだろうって…そんなことを考えてしまいました」
「………」
「でもその結論が今出ました。会う度に何だか少しずつ惹かれていっていたのかなって…」
「………」
「こんな私でもいいんですか?」
「そんな風見さんだからこそだよ」
「…和樹さん…」
「鈴香さん…」
チュゥゥゥッ
和樹と鈴香はここがどこかを忘れているかのように口付けを交わした。
「おーい鈴香ちゃんに兄ちゃん、ここはどこかしら?」
「「……!?」」
店員の言葉にようやく我に返る二人。二人とも顔は真っ赤になっているが笑顔でもあった。
「まあいいけどねえ、鈴香ちゃんも見せ付けてくれちゃって」
「えっと…出ましょうか、和樹さん」
「…そうだね、ここは俺が払うからさ」
「え、それは悪いです。私も出します」
「いいんだって、これはヘルメットのお礼だから」
「…分かりました、それでは待ってますね」
「うん。それじゃあお勘定をお願いします」
「はい、えっと……」
………
「終わりました?」
「うん。これからどうする?」
「和樹さんは行きたいところはあります?」
「んー、鈴香さんは?」
「私は特には…あ、じゃあ…………はどうです?」
「いいね、行こう」
「それじゃあ後ろにまたそれを被って乗って下さい」
「うん」
二人を乗せたバイクはそのまま街の方へと走り抜けていった…
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あとがき
久しぶりの新作、観飛です。
いくらこみパでもさすがにこの人を出す人はそうそう居ないでしょう。
このSS、授業中に書いてました。ああいう時ほど良い物が生まれ易いのですよ。
何だか書いてるうちに楽しくなっちゃって…長くなってスミマセン。
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2007・07・08SUN
観飛都古